第一話『玉響の行き違い』②

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「……璃菜、助けてくれたの?」 「え、あ、その……まぁ、うん」 「そっか……ふふっそっかぁ!」 唖然としていた美凪は声を出して笑った。さっきまで震えていたのに、何でそんなに嬉しそうなんだろう。私も私で今目の前で起こっていることが上手く処理できていない。ただ、私は親友を守れたってことが実感できずにいる。 「あ、あの! 今までごめん! 意地はって嫌なことばかりして、本当にごめんなさい!」 本来の目的を思い出し、勢いよく頭を下げた。彼女の顔は見えない恐怖に手が震えてしまう。自分の悪いところしかなかった過去を早々許してもらえるなんて思えなかったから。悪いところを指摘するのが友達なのだろうけど、私はそれを受け入れることができなかった。心も体も未熟だったから。 「え? あぁ、あのこと? 別に気にしてないよ」 「へ? で、でも私たちは他人だって……」 「そりゃそうでしょ。璃菜がそう言ったじゃん」 「私が……あっ!」 あっけらかんとしている彼女の横で私は考え込んだ。自分の発言を思い出していると、確かに言っていた。『もう親友じゃない』と。大きな声に耳をふさぐ彼女は得意げに笑った。 「ほら、思い出した?」 「うん。ごめんね、あんなこと言って」 「ううん、私こそごめん。あんな言い方したら、誰だって嫌になるよ」 鼻がツンとする感覚とともに「ごめん」と絞り出した声が出た。視界が霞んで見える。こんな自己中心的な私でごめん。酷いことを言ってごめん。溢れて仕方ない気持ちはどうしようもないようで、言葉にするには必死だった。 「こほん。えーっと、二人とも? ちょっといいかしら?」 「ぐすっ……ロロさん。すみません、ここまでご迷惑おかけしてしまっ て……」 「そんなこと、気にすることじゃないわ。それよりも、ここじゃ暑いでしょう? 私たちの民宿でお話したらどうかしら?」 「えっ で、でも美凪は宿泊客ではないし……」 ちらっと横を見ると、ウンウンと首を縦に振っている彼女。普通は宿泊客以外はお邪魔することはダメなところがほとんどだ。いくら変わっている民宿とは言え、そこらへんのルールはあると思っている。しかし、「え? そんなのないわよ」と不思議そうに首を傾げた。 「まぁ普通の所ではあるかもしれないけれど、ご存知の通り私たちの民宿は変わってるの。だから、大丈夫よ」 だから、ね?と進めてくるロロさん。隣ではぎゅっと手を握られているルナちゃんが頷いていた。おそらく先ほどのように暴走しないためだろう。かなり力が強いようなので簡単に抜けられるだろうけど、きっとロロさんのことを信用しているのだ。羨ましい関係だな、と心が絆された。 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 「はい、決定ね! おやつにホットケーキ作ろうと思ってたのよ! あなた、えーっと、美凪ちゃん、でいいかしら?」 「あ、はい!」 「ホットケーキ、好き?」 「大好きです!」 「ふふっ いい返事ね。それじゃあ民宿に帰りましょ!」 元気よく響いた彼女の返事。異形頭ということもあり少し警戒していたようだが、彼の人となりがすぐに分かったのかもしれない。どこまでも人を包み込んでくれる優しさは、初対面でも感じるのだろう。 誰にでも持ち合わせているものではなく、きっとロロさんだからできること。私もいつか、彼のように受け止めるのではなく包み込める懐の深さを身に付けたい。 「あの、さっきルナちゃんが持っていたスーパーの袋ってどこにあるんですか?」 「んー? あぁ、あれねぇ。お店の人に頼んで保管してもらってるの。私たち、常連だから甘やかしてもらっちゃてるのよぉ」 申し訳ないわぁ、と頬に手を当てるロロさん。主婦のような振る舞いに思わずふふっと笑ってしまった。ん? 待てよ。常連ってことは長い間通ってるってことだよね?  普通に歩いていると目立つのだから、色々噂とかあるのでは? 今まで当たり前のように会話をしていたので気がつかなかったが、色々と矛盾点が出てきた。 「ねぇ、美凪。もしかして、ロロさんのこと知ってたりする?」 「えー? まぁ、噂では聞いてたよ。異形頭の人がここら辺に住んでいるって。でも、会うのは初めてかな。何で?」 「いや、色々と不思議なところが多いと言うか……」 うーん、と一人で唸っているとすでに数メートル先を歩いているロロさんとルナちゃん。「早く来なさいよー!」と声を張っているので急いで返事をした。まぁ、深く考えない方がいいってこともあるよね。 湧き出た疑問を自分の心の中に押し込んで美凪に手を差し出す。一瞬、不思議そうな顔をした彼女だったが照れ臭そうに私の手を握ってくれた。 じわじわと出てくる汗で暑さを感じる。この時期に手を繋ぐなんておかしいかもしれない。けれど、七年間離れていた時間を埋めるにはまだ始まったばかりだから。
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