第一話『玉響の行き違い』

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「えーー……っと、ここを、曲がる……? え、どこ?」   駅から歩いて三十分程経ったのだろうか。ジワジワと暑さが体を蝕み、同時に元気よく鳴いている蝉の声が耳の中でこだまする。見慣れた住宅街から少し離れた所にいるのだが、地元とは言っても四年前とは変わっているもの。 なかったはすの建物がいつの間にかあり、あったはずの建物がなくなっていたり。数年帰ってないだけでも変化が見られるなんて。そりゃ浦島太郎は驚くはずだ。 「んーー……ここら辺のはず、なんだけどなぁ……」  ガラガラと音を立てているスーツケースがもう限界に近いようで、デコボコの道を暴れるように進む。いい加減手が痛くなって来たのでもうそろそろ目的地を見つけたい。 普通なら地元の人に聞けば済む話なのだが、今回探している場所はそんなものではない。存在するけど、存在しない。必要としている人の前にしか現れない。そんな、不思議な場所。 「……私には、必要ないってことなのかな」 グルグルと回る電波を見つめ、火照ったスマホを握り締める。じんわりと伝わってくる熱は懸命に動いている証拠なのか、それともこのうんざりする暑さのせいなのか。やはり、都市伝説は都市伝説のままなのか。確固たる思いで帰って来たのにこんな目に遭いたくなかった。 目元が熱くなる感覚がして空を見上げる。こんな所でメソメソしていても何も変わらない。もう少しだけ、もう少しだけ探したら諦めよう。 七分まで捲っていた袖で軽く目元を拭く。すると、ふわっと香る潮の匂い。昔から住んでいた時に毎日嗅いだ香り。いざ久しぶりに嗅ぐと思い出される過去の数々。 「あー思い出したくないな」 もう一度空を見つめ、雲一つない真っ青なキャンパスで頭をいっぱいにする。深呼吸をして不安定な自分の精神を安定させ、前を向いた。 「あ、あれって」 先ほど見た時にはなかった看板が一つ。まるで喫茶店の小さな電子看板のように置かれているそれには『涙と時計の館』と書かれていた。ポツン、と置かれている看板は先ほどまではなかったはず。ここで十分ほど彷徨っていたので何度も確認したはずだ。 「いきなり、出てくるとか……都市伝説って感じ」 言葉と同時に自分の足が看板へと動き始める。普段なら絶対に近づかない場所へと向かっているからなのか、それとも都市伝説と言われているものを見つけてしまったからなのか。頭で考えていることと体がちぐはぐで違和感がある。 手に持っているキャリーバックも一緒に動いているが、うざったいその音が遠く感じる。看板の数歩手前で止まると、チリンと涼しげな音が聞こえた。音のする方向を見ると、ひっそりと佇んでいる一つの民家。どこにでもありそうな、それでいて現実味のない雰囲気を纏った一件の家。 「もしかして……」
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