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外に出ると上にまで漂ってくる夕食の匂い。誰かが作るご飯なんて、久しぶりな気がする。いつもは自分で作るか、外食に頼っていることも多かった。
温かくても、どこか味気ないご飯に慣れてしまったらしい。この匂いだけで十分に幸せを感じられるように成長したみたいだ。
「うわぁー! 美味しそう!」
グゥッと鳴るお腹を抑えて席に座る。一人で食べるのかと思いきや、まさかの女の子も座った。しかも、私の目の前に。別に食べるなとは言わないが、少し不思議な感覚がする。
普通は隠れて食べるものじゃないだろうか。軽く頭を傾げていると、「すみません、ご一緒してもよろしいですか?」と声が聞こえた。
「あ、はい! も、ち、ろ……」
勢いに任せて返事をしてしまったことを少し後悔した。振り返った先には、手に鍋を持った男の、人、のはず。いや、正確に言えば声と体は男性。そして、頭が時計になっている。
「……? あぁ、すみません。異形頭を見るのは初めてですか?」
「え、いや、その、は、はい……」
腰の低さと柔らかに驚いたのだが、それ以上に噂には聞いていた異形頭の人間がいるだなんて。最近では当たり前のように定着して来たが、都会よりも田舎の方が多いと耳にしていた。
都市にいた時は大して気に留めていなかったが、実際に会うと動きが止まる。固まったままの私を見てクスクスと笑う彼は手に持っていた鍋を鍋敷きの上に置く。
「私は時計の異形頭のロロと申します。気軽にロロと呼んでください」
「はっはい……」
ニッコリと、笑っている気がした。確かに表情は見えないし、見ることはできないが何と無く分かった。彼は慣れた手つきでお椀を持ち、味噌の香りがするスープを中に入れる。私の前に置いてから次に彼女のお椀を手にした。
その間も私はじっと見つめている。失礼だと分かってはいるけれど、私の知っている時計とは異なる見た目をしているのだ。
本来私が見慣れている時計は数字はアラビア数字。しかし、彼の場合は日本の干支が書かれている。昔ながらと言うのか、それとも特注で作られたものなのか。
異形頭のことについて思い出しながら見つめていると、お腹がもう一度鳴った。
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