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破、獅子
世は、いつしか風雲急を告げ、漢達は皆、国を憂いていた。
俺とて、国を憂いている。
光の君様と呼ばれていても、この腰に挿す真剣は、飾り物などでは決してない。
列強が、この神聖な日の本を狙うなか、殿とともに公方様始め国の中枢を強く、強く盛り立ててやらなければならないと思っていた。
俺は、長年傍にいて、一体結之助の何を見ていたのだろう。
思い返せば、店先の机で時折、何処か一点を凝視していた。
感情の失せた貌で、長い文に瞼を伏せ、俺に気付くと直ぐそれを畳んだ。
結之助は、獅子だった。
優美な瞳差しと、その身に纏う香のような柔らかさのなかに、
誰よりも国を憂い、熱く猛る獅子を隠していた。
その急報が俺を撃ったのは、松の内も明けたばかりの昼下がりだった。
結之助が、国抜けを図ったのだ。
他国の志士と共鳴し、国を抜け、江戸に上り事もあろうか幕府の要人を討つ謀に加担しようとしていた。
夜半の内に決行されたそれは、守人の目を眩ましきることが出来ず、国境で捕らえられ、果たせなかった。
国抜けは、生まれ育った国を恩恵もろとも捨てること。
ひいては主君を見限る、死に値する重罪だ。
だが、人財を何よりも宝とする、英邁な若殿は即座にそれを命じようとはされなかった。
私利私欲に走った訳ではない。結之助を直々に召し出し、その訴えを聞き、説いた。
国を護りたいのは誰もが同じ。それを、幕府を仇となして何とする。
今の日の本は、列強の猛獣の牙に脅える乳飲み児のようなもの。それを内から毀さば夷狄の思う壺。時を待て、と。
では殿、それは何時なのか。大殿も殿も退けられ、幕府も日の本も、夷狄にこれ以上穢されるのは我慢ならぬ。
誰かが立たねば、誰の目も醒まされぬのではないか。
殿は、結之助の出奔を内々にし、店棚も結之助も、一定の謹慎に処するで構わぬとも暗に示された。
だが、結之助は頑と首を下ろさなかった。
元より、身を賭す覚悟で選んだ強行。
殿も、国も、係累も、誰の面汚しも罷りならぬ。
願わくば、どうか己が首一つで、おおさめ下されば至上であると。
訴えが果たされなかった今、それが結之助の、最後の希みだった。
幕府の親を置く我が家中に、そのような企てを起こした者など、本来、断じて在ってはならない。
殿は、結之助の希みを諾とした。
夕刻、召し出した俺に殿は眼を逸らして告げられた。
「介錯は、志狼。お前が良いと…………」
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