40人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
迎えうつ刃となる
『見事!』
殿と相対して結之助のことを話していると、必ず想い返すことがある。
あれは殿も元服前の、藩校の道場での御前試合だった。
御前でなくともいつも首位を競っていた俺達は、競って競って、すんでのところで結之助から一手を獲った。
称讃をくれた殿は、隣に伏せる結之助を見た。
「体格や剣筋、力は一歩劣るのかも知れない。だが結之助。おなごのように優しき貌だが、そなたの瞳には獅子が宿る。
その獅子に、猛りの華を授けよ。これを供とせい」
小刀だが、艶のごとき黒鞘に、まごう事なき金丸へ御紋が入っていた。
皆も固唾を飲むなか、あんぐりと口を開けそれを見入る俺へ、
「何だ? 志狼は、江戸行きの供回りをさせてやると言ったであろう。商家でもないのに、目に見える物も欲しいと言うのか。現金な奴め」
あ、いや……とまごつく俺に笑いが沸き、結之助は瞳を潤ませ、厳粛に小刀を拝受した。
「励めよ。よう力を尽くしてくれ。儂はそなたらのような毅きもの達に囲まれ、倖せ者だ」
そこに居る者、この若き主のために、生涯尽くそうと誉れ満つる瞬間であった。
「有り難く、頂戴いたします」
晴れがましく、頬を紅潮させる横顔に、俺も同じく授かった心地で、この現のことのように熱くなったあの胸の昂まりを、今も想い起こすことが出来る。
あの時、綺羅星のように瞳を煌めかせていた殿は、同じ瞳を、遠く七星のような尊さに転じさせたのに、今その輝きは沈鬱だった。
「のう、……志狼よ」
「結之助の獅子を、御すること、……かなわなんだな。——至極、儂の不徳の致すところじゃ」
寒さに遠く、雪の先触れを感じる。
さらに身を伏せた俺の下で、玉砂利があえかな音で擦れた。
「結之助の牙、向かう先を求め彷徨うているのならば、
この志狼、余す事なくそれを迎えうつ、刃となりましょう」
夜半から雪は散らつき、寒さの極みを得て粉雪となる。
結之助が獅子ならば、俺も武骨な狼だ。
長年恩義を掛けて下された殿に、背ける由があろう筈もない。
一睡もしなかった厳寒の夜明け、沁みるような朝焼けを睨みながら、俺は結之助との約束の地へ向かった。
最初のコメントを投稿しよう!