酔いと宵の所為

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酔いと宵の所為

『だから言っただろ、甘酒をなめるなと……』  大して身内に酒量を落とせないのに、祭りの熱に浮かされ、若衆と競り呑んだ俺は、勝った代償に前後不覚に陥った。    暖簾のような脚を引き摺り、何とか結之助の肩を借りて進む。  帰路の境内が視界に揺らぎ、祭囃子が、後方で細くたなびいていた。  右腕に、結之助の確かな骨格を感じる。  上背は明らかに俺にある。なのにいつの間に、こうも力強く頼もしい男になったのか。  呆れたように前を向く、柔らかな(おとがい)(まろ)い泉のように、澄んで深い色を落とした瞳差し。  久方ぶりに、その着物に焚き染められた香に強く突き動かされた気がして、俺は矢庭にその身体を腕に抱き込んでいた。 「…………、」  小さく息を呑んで、肩をいからせたが、結之助は突き放そうとはしなかった。 「……」 「……酔っているのか」 「酔ってない」  全て嘘ではない。体は酔っているが、頭の芯はきっと冴えていた。 「泥酔だろ……」 「確かに、」  でも、と笑って俺はその身体をさらに抱き寄せ、身に添わせる香を一層感じようとした。 「ずっと、こうしていられたらなあ」  家や、友や、(さむらい)の宿命や、何もかも取っ払って、ただこうしてふたり、抱き締めていられたなら。  いつしか奥深く根付いていたその感情の、名をつけることを俺は知らない。 「ずっと、こうしていられたら良いのになあ」 「…………よせよ」  俺の背に、手を微かに添えていたが、決して応えようとはしていなかった。  どん、どん、と、花火の轟音が裂け、赤、紫、橙やらの陰影が、閉じた眼裏(まなうら)の内に映る。  ふれたら崩れそうな想いを抱えながら、俺はその離せない腕を、酔いと結之助の優しさのせいにしていた。  ああ、そうだ。  あの時から、 俺はこの香りを…………。
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