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「E・Tだってもっと言葉通じるぞ!」
どん! と葵の胸を突き飛ばし、シャツの襟もとを掴みあげる。
「なんなんだよ、お前は! トニーの息子だかなんだか知らねぇけど、お前はお前だろ! 市ヶ谷椿は、今ここにいるお前ひとりで、トニーの息子とか、跡取りだとか、金持ちだとかは、ぜっんぜん関係ないじゃんか!」
市ヶ谷椿は市ヶ谷椿を生きていない。そんな気がした。確かに呼吸をして生きているのに、掴んだシャツの向こうから確かに椿の体温を感じるのに、心がちっとも息をしていない。葵は、それが悲しくて悔しくて、どうしようもなく腹立たしかった。
「言いたいことはそれだけか?」
「いいや、まだまだ言い足りないね!」
「そうか。じゃあ、」
シャツを掴んでいる葵の手を振り払うと、椿は素早い動作で葵の肩を押し、くるりと位置を入れ替えた。葵の背中にひやっと冷たい非常扉が当たり、次いで、耳のすぐ近くでドンと音がした。目の前に椿の整った顔がある。一瞬遅れて、壁ドンされていると気付き、葵は椿の胸を押し返そうとした。
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