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ため息をこぼし、重たい足を引きずって階段をのぼり、玄関のドアを開けるとカレーのいい匂いが葵の鼻をくすぐってきた。
「ただいまー」
靴を脱ぎリュックを玄関口に放り出したまま、キッチンへと向かう。食卓には売れ残った花が飾られ、母親の紫陽子が鍋をかきまわしている背中が見えた。
「おかえり。もうすぐできるから、ちょっと待ってて」
日向家は現在ふたりきりである。父親の陽一は単身赴任中で、こちらの本社に戻るのは二年後だと葵は聞いている。つまり、陽一が戻るまでは葵が紫陽子を守らなければならない。そんなふうに言われたことは一度もないが、やはり男として母親は守って然るべきだと葵は思っている。
黙って手を洗い、食器棚からカレー皿を二枚取りだす。ふと、椿はこんな『お手伝い』などしないのだろうなと考えて、葵は慌てて頭を振った。
「なによ。元気ないじゃない。いつもは腹減った腹減ったってうるさいくせに」
「俺だっていろいろ考えるお年頃なんですー」
炊飯ジャーからご飯をよそいながら、下くちびるを突きだしてみせる。
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