33人が本棚に入れています
本棚に追加
先ほどから椿はにこりともしない。氷のように冷たい目は、葵を見ているようでいなくて、葵はそれがじれったくてもどかしくて堪らなかった。こちらの言葉だけがずっと上滑りしているように感じるのだ。なにも届いていない。響いていない。
「……なんだよ。まだ怒ってるのか?」
「怒る?」
「だってそうじゃんか。俺に怒ってるだろ」
「いや、少しも。別にお前にも昼間の女生徒にも怒ってはいない。ただ少し鬱陶しいだけで」
怒っていないと言われても、椿の態度はそう思わざるをえない。まだなにか言いたげな葵に、椿はなんてことはないように衝撃的な一言を放った。
「俺に群がってくるやつは蟻だ」
「え……あ、り?」
「砂糖に群がる蟻にすぎない」
そう忌々しげに吐き捨てて、今度こそ椿は去っていった。
蟻。
砂糖に群がる蟻。
なにを言っているのかわからないけど、椿が他人を『下』に見ていることだけはわかる。蟻なんかにいちいち構っていられないといったところだろうか。そして、自分のことも蟻だと思っているのだろうかと葵はもういない椿を振り返った。
最初のコメントを投稿しよう!