沈 む 贖 い

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 光輝(みつき)と付き合いが始まって五年が過ぎていた。こちらの都合で誘えば会える、俺にとってはこの上ない浮気相手だった。    過去に光輝とは、高校の三年間を密かに恋人として過ごしていた。  有名大学への進学率トップスリーに入る、県外にも名の知れた男子校で、俺らの他にも、そんなカップルがちらほらいるとそんな環境だった。  先にアプローチしたのは俺で、当時住居も近く同じカメラの趣味も有り、親しくなるのに時間は掛からなかった。   「モデルになってよ──」  そんな誘いで部屋に呼んだ。光輝にもそんな気持ちが有ったんだろう、口唇が重なるのにも時間は掛からなかった。    互いの家で、家人の留守を見計らい幾度も行為を重ねた。いや、家人がいても、我慢が出来ず声を殺して抱き合うこともあった。   ──バレたらどうしよう……  事実、ちょっとしたスリルもお互いに堪らなかった。高校卒業までそんな恋人同士で、卒業後別々の大学へ進みあっさりと付き合いは途絶えたが──。    就職先で知り合った女と結婚して二年、子どもが生まれたことで、夫婦の生活は子育て中心となり冷え切って行った。そんな頃合いを見計らったように光輝と再会した。    再会して直ぐ、当時の関係に戻ることは安易(たやす)かった。  惰性のように続いた関係に秋風が吹いたのは、我が家に二人目を授かったのが切っ掛けだった。  妻の妊娠を知った光輝は、珍しく眉間に皺を寄せて俺に喰って掛かって来たのだ。   「もう全然無いって言ったじゃん」  そんな台詞で俺を責め立てた。長い睫毛にキラキラ涙を散らし、恨みがましい目で俺を瞶め、   「へぇ……女みたいなこと言うんだな」  呆れた顔で睨み返した俺に『ごめん』と顔を伏せた。  それから暫くして、良い機会だからもう終わりにしようと告げた。本音を言うとこんな関係に飽きて来た俺は、彼が見せた嫉妬が疎ましく感じ、この先を考えるとこれが潮時だと思った。渋る光輝をなんとか同意させ、今日が最後の逢瀬だった。  駅前の小さな喫茶店で待ち合わせをし、裏通りのホテル街へ()け込む……何時も通りの過ごし方だった。ホテルを出て、何時ものように、晩酌代わりに夕飯を採ろうと歩き出した処で雲行きが怪しくなった。    駅前の交差点の手前で『さよなら』を交わした。もう会わないと、お互いの幸せを祈ろうと。『今まで有難う』と礼を告げた俺に、光輝は結婚こそ無いが、自分にだって想いを寄せてくれてる人がいると、付き合っても良いと思ってるんだと言った。  何だか光輝の健気な虚勢を感じてしまい、少しだけセンチメンタルな気分になった俺が沈黙してしまうと、想いを見透かしたように光輝はお道化て見せ、   「あれ? ひょっとして、ヤキモチ妬いちゃった?」  と、形の佳い眉を吊り上げながら『僕を悪く思わないで』と明るい調子でケラケラ笑った。笑いを返そうと笑顔に目を当てた次の瞬間、真顔になり、何時もは、人懐こく感じる可愛い様子の光輝の顔が、感情を押し殺した能面でも被ったように見えゾッ──とした。      私鉄のホームへ向かう為光輝は地下道に入り、階段半ばでチラ──と、こちらを振り向き目が合った。慌てて顔を逸らした俺は、青に変った信号を確認すると交差点を小走りに突っ切った。  ポツリ──ポツリと降り出した雨と、光輝の眼差しを振り切るように、駅の構内を目指してひたすら走った。  それで光輝とは縁が切れ、綺麗に終わったつもりだった。
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