沈 む 贖 い

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 二人目も生まれ、会社では課長補佐と言う立場になり、日々を充実の内に慌ただしく過ごし、自分にそんな愛人がいたことも忘れていた一年後、通っていたスポーツジムで、顔を合わせた旧知の友人中橋(なかはし)の口から、光輝(みつき)の名前が突然出て、トレーニングに話半分だった俺は、些か険しい口調で『え?』と叫び聞き逃した話を引き戻した。   「──いや、付き合ってるって噂だったからさ……」  突然確信を突かれる言葉に、激しい動揺を露わにまた俺は声を発てた。  話を振って来た男は、高校時代からの友人で、光輝とも共通の友人だったが、俺と光輝の特別な関係は、知られてはいないはずだ。だが、この口振りはバレていたと? 胸の(うち)でモヤモヤと憶測を広げて黙り込むと、   「──噂だったんだぜ。高校ん時も、恵比寿町のホテル街で何度も目撃されてたって」  押し黙った俺の顔を覗き込んだ中橋は、少々訝しげに眉を寄せた。 ──恵比寿町のホテル街? いや、記憶(おぼえ)はないぞ……  当時、俺も光輝も高校生で、そんな場所(ラブホ)で思う存分抱き合う憧れは持ったものの、金も勇気も無く、憧れのまま終わったのだから── 「恵比寿町のホテル街?」  記憶にないぞと、皆まで言わず聞き返すと、   「大胆だよなぁ──肩抱き合って、まるで恋人同士みたいだったってさ」  話が見えず、愈々(いよいよ)焦れた俺が『何の話だ』と尋ねると、   「だからぁ、杵淵(きねふち)と赤嶺の話だよ──おまえ、なんにも聞いて無いのなッ」  苛立ち露わに背中を叩かれた。杵淵と言うのは、高校時代の音楽教師の名前だ。   「ま、信じられ無いよな。男同士だぜ? 杵淵の方が執着してたらしいぜ」  自分には関係しない話だったかと、苦笑いで胸を撫で下ろした俺に、   「赤嶺も感染(うつ)ってる可能性大だ……って話よ──」  同じように苦笑いで、ランニングマシンを停めた中橋は、タオルで汗を拭きながら水素水サーバーの方へ歩いて行った。  些か穏やかじゃ無い、『感染』などと言う単語を聞き咎めた俺が、中橋を呼び戻すと、俺の分もと紙コップを手にして戻って来た。   「──感染るって……何がよ?」  コップを受け取り、内心の騒めきが中橋に察せられ無いよう、外方を向いてコップを煽った。   「おま──、本当に聞いて無いなぁ……死んだんだよ杵淵。HIVで──」  今度はHIVなどと言う、衝撃的な言葉が飛出し、コップを煽った体勢のまま中橋へ視線を振った。   「大っぴらには公表されて無いけどさ──皆んなが知ってるぜ」  言葉を失った俺へゆっくりと頷き、   「赤嶺とはずっと《《そう言う仲》だったらしいぜ──」  如何にも気色が悪いと言わんばかりに、中橋は顔を顰めた。  静かに顔を向けた俺も、きっと中橋と同じ様に、酷い顰めっ面になっていただろう。  直ぐにでも俺は確認したいことが有ったが、中橋に尋ねようと口を開きかけながら思い出していた。『僕を悪く思わないで』と笑った後で見た、冷たい感情を失くした、能面のような光輝のあの顔を── 【お わ り】
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