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今まで一度たりとも言われた事のない罵倒に、リリスは驚愕する。
ふっくらした頬が綿菓子のように愛らしいだとか、サクランボのような唇が魅力的だとか。
リリスはこれまで、他人からは称賛の言葉しか掛けられたことが無い。
なのにこの初対面の執事は、とんでもない暴言を叩き付けて来た。
その理由を、リリスなりに考えてみる。
(この執事はきっと、お金だけは持っている成金男爵だと自分の主人が陰で言われているのが恥ずかしいのだわ。だから、身分の高い私に嫉妬しているのね)
そう答えを出し、少しばかり余裕を取り戻すリリスだが。
しかし相手は、そんなリリスの内心を看破したように冷たく微笑んだ。
「きっとリリス様は、今までさぞや甘い言葉を掛けられてきたのでしょうね。ですが、今一度よくよくご自身の姿をご覧になってはどうでしょうか」
「それはどういう意味ですか」
「この屋敷にも、姿見くらいはあります。二階の奥の部屋を使えるようにしておいたので、どうぞ今後はそちらでお過ごしください」
執事はそれだけ言うと、一礼してリリスの前から去ろうとした。
リリスは慌てて引き留めようとするが、自分と執事の間に立ち塞がる壁のようなものを感じて、言葉は出てこなかった。
呆然と立ち尽くしていたところ、荷物を抱えたリリスの従者が悪態をつきながら、エントランスへ到着した。
「まったく! 馬車でここまで送るくらいはしても良さそうなものを。途中で降ろすなど、どいつもこいつも意地の悪い!」
「え……? あなた一人だけ? 一緒に来た筈の他の従者や侍女達は?」
「お嬢さんを乗せた馬車がこの屋敷へ到着したのを見届けたところで、Uターンして戻って行きましたよ。オレは荷物を持たされて、そこで降ろされちまったけど」
それは、荷物番として伯爵家から派遣された、アッシュという下人だった。
まだ少年と言っていいような子供で、従者としては実に心許ない。
それにしても、まさか、こんな子供だけを残して全員が去ってしまうとは。
(どういうことなの!? 何でこんな事に――)
あまりな展開に眩暈がするリリスであるが、そんな彼女に対して、アッシュはあっさりと最悪な現実を告げた。
「お嬢さん、厄介払いされちまったね」
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