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だから、本来ならば、リリスの夫として婿入りした男性が次のクラシス伯爵となって、その爵位を継ぐはずだったのだが。
しかし男児が産まれた今は、もうその話は何処かへ消え去ってしまったらしい。
あまりの現実に、とうとうリリスはガクリと膝を折った。
「わ――私は、皆に愛されているハズだったのではないのですか?」
それなのに、男児が産まれたからもういらないと?
家の事業が破綻しそうだから、金の為に名前だけの花嫁になれと?
あんなに、幸せだったのに。
それが、たったそれだけの理由で、こんな誰もいないような城に追い出されてしまったというのか。
「私は、こんな所にはいたくありません!」
リリスは絶叫するが、この悲鳴さえも虚しく屋敷内に反響するだけだ。
悲嘆に暮れるリリスを慰めるような従者もいないし、そもそも、夫となる筈だったマーロー男爵さえここにはいない。
本当に、リリスは独りきりだ。
――いや、唯一、アッシュという少年だけはいるが。
「……あなたは、初めて見る顔ね。いつから屋敷に勤めていたの?」
かすれた声でそう訊ねると、アッシュは『へっ』と鼻で笑った。
「オレは、口減らしで街に置き去りにされてたところを、たまたま通り掛かった馬庭のおっさんに拾われたんだ。そのまま屋敷で力仕事をする事になって。でも、それから二~三カ月かな? 急に、お嬢さんの荷物持ちとしてマーロー男爵の領地まで行けってなってさ……で、また見捨てられちまったところさ」
「まぁ……」
アッシュはガリガリに痩せていて、あまり労働向きではないと判断されたのだろう。
役に立たない下僕など、必要ないと切り捨てられたか。
(私も同じね。あんなに愛していると言ってくれていたのに、こんなに急にお父様とお母様から切り捨てられるとは思わなかったわ)
それこそ、青天の霹靂だ。
夢から覚めたら、過酷な現実が待っていた。
どうやら私はこの先、独りで生きて行かなければならないようだ。
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