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 実際その日まで、リリスは最高に幸せだった。  名門クラシス伯爵家の令嬢、そしてたった一人の愛娘として両親からは惜しみない愛情を注がれ。  領民からは伯爵家の可愛らしいリリスお嬢様と慕われ、メイドを始めとする使用人からも、蝶よ花よと愛され大切にされた。  貴方のように可愛らしい姫様は、きっと王都にも存在しないだろうと誉めそやされ、リリスの日常は常に幸福に包まれていた。  クラシス家の領地は、王都からかなり離れた北方を拝領しており、王都へ行くよりも隣国アッパキアの首都の方が近いという場所にあった。  言ってしまえば、名門ではあるがとんでもない田舎の貧乏貴族であるが。  ただ、血筋は最良なので、リリスがまだ幼い頃から縁談の話は枚挙に暇がない程であった。  金だけはある地頭や地方貴族にとっては、名門クラシスの名は『箔』になるので、それを手土産に王都へデビューするというのが目的であったろうが。  しかし、おっとりとした気質のお嬢様だったリリスはそんな事はつゆ知らず、ただ、毎日のように届けられる貴族の子弟からの便りに心躍らせていた。    ◇ 「ねぇ、アンリ。この方の姿画は素敵だと思わない?」  うっとりとした表情で頬を染めながら訪ねるリリスに、お付き侍女のアンリは大仰に溜め息をついた。 「お嬢さま、姿画などいくらでも嘘が付けるんですから。簡単に信じ込んではいけませんよ。私としては、先週お茶会でご一緒したマーベラ令嬢のお兄様など見目麗しくて良いと思いますが」 「でも私、あの方は何だか冷たそうで苦手だわ」  気のないセリフに、侍女は首を傾げた。 「おや、なにか言われたんですか?」 「……あなたは、本当に自分が絶世の美女だと思っているんですか、って」
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