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絶望に目の前が真っ暗になるリリスであるが、そんな彼女の事などもはや誰も気にしない雰囲気が屋敷を覆っていた。
それに、そもそも貴族の婚姻などは政治的な意味合いが強いのが当たり前だ。
だから今まで、『リリスの好きなように』と、自由にさせてもらっていた方が珍しい。
「お嬢様、もう子供のような振る舞いをしている時ではないのですから、そろそろ目を覚まして、クラシス伯爵家の令嬢として相応しい行動を取るべきです」
不意に、それまで大人しく控えていた侍女が口を出してきた。
自分の味方である筈の人間が、突如、反旗を翻したことにリリスは衝撃を受ける。
「アンリ!? あなたまで何を言い出すの?」
「だってお嬢様、お嬢様は我々のような下等な人種ではない、貴族階級の令嬢なのですから。それに相応しい役目というものがあるのではないですか?」
信頼する侍女の言葉に、リリスは激しく動揺した。
逆に父親は我が意を得たとばかりに、畳みかけるように言う。
「そうだぞ、リリス。アンリの言う通りだ。お前は貴族令嬢なのだから、家の為に輿入れするのが当たり前ではないか」
「でも、お父様……!」
「これは命令だ」
ピシャリと言い捨てると、父親はもう話は終わったと言うように席を立った。
リリスは反論の言葉も浮かばないので、ただ青ざめたまま無言になるしかなかった。
そうして、あっという間に輿入れの日取りが決まり。
伯爵家の花嫁にしてはやけに質素な装いと、乏しい持参金を手土産にして、リリスはマーロー男爵が収める領地へと、わずか数名の従者を連れて旅立った。
うら若き乙女であるリリスは自身の不運に泣き崩れながらも、これは伯爵家に生まれた者の務めなのだと割り切り、何とか前向きに生きて行こうと決めたのだが。
だが、その決意も、城に着いた当日に崩れる事になった。
歓待で城に迎える筈の男爵も、その使用人も、領民でさえも、誰もリリスの事を持て成す気がなかったからである。
そもそも、男爵家には既に正妻がおり、なんとリリスは側室として迎えられたのだ。
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