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「でも、あなたは『私』として生きていくんでしょう? なら、構わないわ」
「どうして、そんな事が言えるんだ! 君の意識は完全に消えるということは、塵になって消え失せる事と何も変わらないんだぞ!! 僕に身体を乗っ取られた魂は未来永劫救われず、この先、地獄の底を永遠に彷徨うんだ」
ここまで言っても、リリスには全く動揺が見られない。
青ざめ震え、恐怖におののく契約者を最期に嘲笑う事が、ジンのルーティーンであったのに。
これではまるで、いつもとは逆の展開だ。
落ち着いているのはリリスの方で、慌てふためいているのがジンの方だなんて!
(この身体を乗っ取る時は、どうか見逃してくれと縋り付きながら滂沱の涙を流して無様に命乞いをして来たのに。――いいや、この身体に限らず、その前の人間も、その前も――全員が絶望に震えながら、望みが叶ったというのに自分だけは助けてくれと、身勝手な事を言い出したのに)
何故リリスは、こんなにもジンの予想外の反応をするのか。
理解できず、ジンは無意識に口を開いていた。
「君は、自分でなくなる事が怖くないのか?」
これに対し、リリスはフッと微笑んだ。
「私はとっくの昔に、私ではないもの。本当の私は、名門貴族とは名ばかりの田舎娘で、写真だけの婚約者に胸を高鳴らせているような、どうしようもない世間知らずの女の子よ。豚姫と嘲笑われている事にも気付かず、甘いお菓子のようなフワフワとした夢を見ていて、お気に入りの侍女に囲まれて笑っていた……」
そんな私が、と続ける。
「今の状態の方が、私にとっては夢の中の状況よ。この偉大なる大国の王女達に気に入られ、第一王子の衣装係に抜擢されて。……たしかに私には、少しばかりの才能はあったかもしれないけれど、あまりに出来過ぎている気がしてならないわ。しかも最近は、あちこちの貴族の令息から招待状が届くなんて! 先日なんて、マリウスという人から直接求婚までされたのよ? これはもはや、悪夢と変わらないわ」
こんな都合の良すぎる幸運、喜ぶわけがない。
リリスはずっと、身の丈に合わない幸運の連続に、心が疲れてしまっていた。
「本来の願いが叶ったなら、私はもうこんな状態は終わりにしたいのよ」
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