新学期

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新学期

 高校三年の入学式の日は、生ぬるい風が吹いていた。周囲の木々がかすかに揺れ、桜の花弁がはらはらと肩に降り積もる。  一抹の不安を覚えたまま、スミレは手にした紙から顔を背けるように天を仰ぎ、きつく目を閉じていた。  四方を流れていく人の波とざわめきに一旦身を委ねてから、意を決して目を開く。そっと手元を見下ろした。  途端に、スミレを強い衝撃が襲った。  端がしわになるほど握りしめたB4の紙、新クラスの名簿表。自分の名が表記されたその上には、またもや彼の名前があった。    ***  新学期早々、自分のクラスに足を踏み入れる前に深く深呼吸をする。息を整えて気持ちを落ち着かせてから、恒例の対面に移るのだ。  これも年中行事のように感じられてきた。  黒板に張り出された座席表を一瞥してから、まっすぐに自分の席へと向かう。クラスメイトの顔は見ない。  見知った顔や馴染みの友人も多いが、何より彼の顔を視界に入れないためだ。  不要なざわめきを掻き分けるようにして、スミレは教室の左後方に向かい、すとんと腰を下ろした。例のごとく、彼が目の前の席に座っている。短い黒髪を垂らしたまま、陰鬱な空気をまとってうつむいていた。  前を向いているから顔は見えないが、彼の顔はなんなら親よりも見慣れている。  まさか、人生最後の高校生活の年にまで、彼の姿を見ることになろうとは。 「お、スミレじゃん。久しぶり」 「ユリ・・・・・・」  聞き覚えのある声にかすかに顔を上げれば、制服を着崩した友人の姿が目に入った。極力前の席を見ないようにしながら、スミレはひそひそとささやいた。 「どうしよう、まただよ」  久しぶりに顔を合わせた友人との会話中で、開口一番に言うべきことではなかっただろう。だが、もう我慢ができなかった。  スミレは、自分が切羽詰まっているのを自覚した。  しかし、ユリもそのところは機敏に察してくれたようだ。スミレの前に座る彼を横目で睨みながら、噂話をするように手で口を押さえた。 「本当だ。まただね」  顎を引いてうなずいた。けれど、その動きすらも弱々しい。  前に座っていた彼が、ゆっくりと振り向いた。その顔に驚愕の表情はない。まるでこうなることがはじめから分かっていたかのように、彼は薄く笑った。  灰色の失意と、どこか諦めにも似たような感情を浮かべて。 「今年一年間、よろしくね」  スミレがその言葉を聞くのは、今年で14回目である。  
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