新学期

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 終業のチャイムが鳴った。  一斉に席を立ち、各々の友人の机へ向かう生徒らで、教室の中央部はごった返している。あと数分待たねば通ることはできないだろう。  席に座って荷物を抱えたまま、スミレは必死にうつむいていた。せめてこの数分だけでも、彼と関わらずにいたい。どうせ、これから嫌というほど関わることになるのだから。  だが、そんな甘い考えは打ち砕かれた。机に手をかけ、ソラが身を乗り出してきたのだ。  反射的に後ずさろうとするが、椅子は後ろへ引かれず、ただ無意味に椅子の背に体を押し付けるだけになってしまう。  彼は、ゆっくりとその唇を開いた。 「ねえ、スミレさん。今日、僕らが行かなくちゃいけない場所があるんだ」  予想だにしなかった言葉に、一瞬息が止まった。  彼が物怖じする種の人間でないことはわかっている。無駄なことをする人間でないことも理解している。  けれど、自分たちが行かなくてはいけない場所など、どこがあるというのか。  彼はしかし、怯えるスミレの様子も意に介さず、あろうことかその手を優しくとった。両手で彼女の手をそっとつつみ、壊れ物を扱うかのように触れる。 「何、なんなのよ──どこに行くって言うのよ」  恐怖と混乱に声を震わせれば、彼は相変わらずの物怖じしない口調で、きっぱりと言い切った。 「難病や奇病の治療で有名な、東京のイシモト総合病院だよ。スミレさん、僕らはたぶんね、なんだよ」  ソラの目に宿る光が、決して紛い物でないことは明白だった。彼がなんとかしてこの現象を解決したいと思っているのは、当然スミレも知っていた。  だが、まさか──世界でも症例が片手で数えられるほどしかいないという、あの奇病だとは。いくらソラの熱意が強かろうと、現状を打破するのは困難に違いない。 「・・・・・・わかった。行く」  数秒間の沈黙の後、スミレは小さく答えた。その言葉に満足したように、ソラが大きくうなずいた。  彼は、スミレの返答などとうに分かっていたに違いないのだ。  なぜならば、それこそが運命共同体症候群なのだから。
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