白猫のボレロ

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 階下で言い争う声が次第にエキサイトして行く様に、愈々(いよいよ)腰を上げた(しょう)は、わざと大きく足音を発てながら階段を駆け降りた。  リビングを覗くと、将の登場に喧しい言い合いは一旦途切れ、睨み合っていた母親と弟は同時と将へ顔を向けた。   「うるせぇよッ──」  二人を睨めつけながら将が怒鳴ると、二人は驚いたように目を瞠り口々に謝罪を呟いた。 「……兎に角、お母さんは反対ですからね。捨ててきなさいよッ」  母親は呆れた具合に言い放ち、キッチンカウンターの向こうへ入ると背中を向けた。    ヒステリックな怒声に眉間を歪め、将が弟の雛太(ひなた)へ目を向けると、彼は胸に仔猫を抱いており、喉の奥を微かに鳴らし将へ向けた視線は雄弁に兄の擁護を求めていた。   「どこで拾って来た?」  将が仔猫に興味を示したと知ると、雛太が途端と瞳を輝かせた。   「倖田(こうだ)さん()の前の空き地。朝学校へ行く時、鳴いてるの聞いたの」  雛太はすっかり仔猫に情が移ってしまったのだろう、白い仔猫を愛し気に撫でながら、   「──帰りに通ったら、まだ同じとこで鳴いてるからさ……」  倖田と言うのは、町内いち口煩い老婆だ。家の前が長いこと空き地で、公園代わりに子どもたちが集うことも気に入らないらしく、数人で立ち止まって談笑していただけで、将も怒鳴り飛ばされたことが有った。  野良猫が子どもを生んだらしく、可愛いものだからと誰かが皿に入れたミルクを置いた際は、保健所を呼んで大騒ぎだったと母親が顔を顰めていた。    優しい心根を持つ雛太だ、仔猫をほっとけ無かったんだろうと将は察しを付けたが、母親は大の猫嫌いだ。家の勝手口の前に野良猫がちゃっかり住み着いた時も、バケツの水を浴びせ掛けたくらいだった。    雛太は将の母親の再婚相手の子どもだ。  将がまだ幼稚園の頃、大病を患って父親が他界した。  傷心に、再婚など考えず暮して来た母だが、それから六年後、勤め先の常務の紹介で妻と死別したと言う今の父親と知り合い再婚し、将と母親がこの家に越して来た。    雛太は当然血の繋がりの無い将とは正反対で、女の子のように華奢で、色白な大変可愛いらしい面立ちの少年だ。しかしそんな容姿とは裏腹に、家族には子どもらしく我の強い一面も見せる少年でも有った。  幼くして一家の大黒柱を失い、苦労する母親の背中を見て幼少期を過ごしたせいか、大人に対してどこか遠慮のある将にとって、素直に感情を露わに出来る雛太は羨ましく、可愛い容姿も仲々に魅力的な弟なのだった。
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