白猫のボレロ

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 仔猫の傷が癒えるまで、そんな約束でのことだったが、いざこうして餌だトイレだと面倒を見ていると愛着が湧くもので、僅かの数日で将にとって傍らに猫がいる生活が日常になりつつ有った。 517eaf05-ecee-4edd-afa4-90a552b78a35  当然のことながら雛太にとっても同様で……いや、それ以上だったようで、あれから数週間、仔猫の傷もすっかり完治し、そろそろ外へ逃がそうと告げた将に、案の定雛太は酷く反発した。    母親を欺いてこのまま飼う訳にも行かず、当初の約束を口にすると、普段は将に従順な雛太だが、烈火の如く怒り出し挙句は兄を非難し始めた。  売り言葉に買い言葉と罵り合った末、口では勝てないと悟った雛太は、仔猫を抱いて家を飛び出してしまった。小雨の降る夕暮れ時だった。   『薄情』だの『人でなし』だの散々罵られ、腹を立てた将は幼い雛太を追い掛けなかった。    それから二時間ほど経ったころ、夕飯時に帰宅しない雛太を案じ、母親が将に知らないかと部屋を訪れ、将は家を飛び出した雛太を探しに向かった。  しかし、雛太が立ち寄りそうな場所に当たりを付けて巡るも、雛太を見付けることは出来なかった。  雨足も激しくなり、一旦家に引き返した将は、何やら慌ただしく車に乗り込む両親と出会した。   「雛太が車に跳ねられた──南港病院に運ばれたって──」  耳を疑いながらも、両親に急かされるまま将も車に乗り込んだ。    相手の車が破損するほど激しい事故で有ったのに、車に跳ね飛ばされた雛太は軽傷で、唯一心配されたのは道路に激しく叩き衝けられた際の身体への衝撃で、外傷は無いが念の為と検査を兼ねて入院となった。    雛太は、街道沿いで見通しの悪い道を傘もささずに仔猫を抱え歩いていたようだ。バス停を兼ねた小屋を見付けて雨宿りでもするつもりだったのか、向かい側へ渡っていた時に、運悪く脇見運転の乗用車に跳ねられたらしい。翌日、運転者は妻に付き添われて雛太の病室を訪れ、花束と菓子折を差し出しながら謝罪して行った。    雛太の抱いていた仔猫は車との接触に抗えず、哀れ命を落してしまった。将と雛太が仔猫を匿っていたことなど気付いていた母親は、 「猫くらい飼わせてやれば良かった」  と仔猫を悼み、母親も将も雛太が仔猫の安否を訊いて来たらどう答えたものかと案じたが、退院して家に戻った雛太は仔猫のことなど忘れてしまったか一切口にはしなかった。
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