名作を取り戻せ!

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 男は、小説家だった。ただ、誰にも名は知られていない。  色々なジャンルを試し、賞やコンテストに挑戦するのだが、奮わない現状だ。  いよいよネタも枯れてきた頃、ふと彼は、ある日の出来事を思い出した。  それは、演劇部に所属していた高校生の頃の出来事。その時も彼は、脚本を担当していた。しかし、その頃から賞に入ることはなかった。  だが一作だけ、しっかり完結させたにもかかわらず、作品として発表しなかったものがある。  発表しなかったのではない。出来なかったのだ。  部室で書き上げ完成したことへの達成感にどっぷり浸ってしまい、その脚本を部室に忘れて帰ってしまった。  次の日慌てて部室に取りに戻ったが、その脚本はどこにもなかった。  またすぐに書き直せばよかったのだが、書き上げた事に対しての安心感により、彼は大まかな内容しか覚えていなかった。自分で張ったはずの震えるような伏線も、涙なしには語れない登場人物の悲しい背景も、初めて書き上げた時の感動と共に思い出すことが出来なかった。  そうして中途半端な内容で挑んだ大会は、当然の結果だった。  あの作品はどうなったのだろう。誰かに盗まれたのだろうか。はたまた、誤って捨てられてしまったのだろうか。  どうしてあの時ちゃんと持ち帰らなかったんだ。流石に大人になって忘れかけてはいたが、ふと思い出すと、激しい後悔の念に襲われる。  あの名作を失くさなければ……あの時、高校演劇界に激震を走らせる作家になれたかもしれない。  あの名作が手に入れば……俺は、この小説界隈に衝撃を生む作家になれる……?  こうして彼は、一度筆を折った。  長い年月と膨大な知識をかけて、タイムマシンを完成させるために。
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