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貴方の色に
「これからは、貴方の色に染めてください」
日付が回ったばかりの市役所から出て、街灯が冷たい光を放つ人気のない道を歩いているときに、園田園子が(つい先ほどまでは中川園子だった園田園子が)珍しくしおらしいことを言ったので、将一郎のほうは、驚きを通り越して呆れてしまった。
わずか二か月の付き合いではあるが、園子がそんな簡単にひとの色に染まるような女じゃないことぐらいわかりすぎるぐらいわかっている。
将一郎はそれを、園田園子の精一杯の想いなのだと捉えた。
「園子さん、いいんですか? 僕の色に染まっちゃっても」
ふざけた感じで園子に寄ると
「はい」
と答える。いい意味でも悪い意味でも、園子には冗談が通じない。
「本当は、誰かにそう言えって言われたんじゃないですか?」
つないだ手をぎゅっと握ると
「どうして知ってるんですか?!」
と、園子はすっとんきょうな声を上げた。
「誰に言われたんですか?」
「……母です」
やっぱりか。
判で押したような笑顔を欠かさない園子の母親は、やっぱり園子と同じようにずれていて、判で押したようなことしか言わないのだ。
「いいですよ。園子さんはそのままで。僕の色に染まる必要なんてない」
と言うと、園子は心底安堵したように
「良かった……。染まるという言葉の意味はわかっても、具体的な事象に置き換えて、将一郎さんの色に染まるというのは、なにをどう変更したらいいのかわからなかったんです」
と言った。
やっぱりか。見当はずれの努力をされる前に言っておいてよかった。
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