森先輩の忘れもの

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 ロッカーにくまのキーホルダーが、かかったままになっている。  ここ、誰のだっけ、と聞いたら、確か森先輩のだったはず、と同じ学年の部員が教えてくれた。  森先輩は三年生だ。ずっと陸上部のエースを務めていた。普段は地味だけど大会となるといつも一番前を走っている、孤高の職人みたいなイメージの人だった。  だからちょっと、意外でもある。かわいいくまのキーホルダーが、森先輩のイメージに全然そぐわなかったので。  三年生はこないだ引退したばかりで、森先輩のロッカーは今は空っぽだ。この先、先輩が部室に来るような用事も、ほぼほぼないだろう。 「これさ、渡しに行ったほうがいいかな」  と、私は言った。 「大事なものだよね、きっと」  キーホルダーのくまは、たっぷりとした毛並みのぬいぐるみだった。キーホルダーにしては少し大きくて、丁寧に作られている。プレゼントとか、わざわざお金を出して手に入れる類の、ちゃんとしたもののようである。  これを失くしたりしたら、先輩、後悔するんじゃないだろうか。何となくそう思えた。 「え、返しに行くのわざわざ」  けれど、部員はめんどくさそうな顔をした。
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