第一話(黄泉の口)

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第一話(黄泉の口)

誰だ? 「あれ?宮崎か?そんなとこに居ないで入ってこいよ」 そう言った俺は、直後に金縛りにあった。  その日は専門学校で数日後に出発する研修旅行の説明会が開かれた日だった。 行き先はハワイ島。研修などとは建前で、ようは観光旅行である。 当時はバブル最後期であり、日本が最も裕福だった時期でもあったため、一貧乏学生でも海外旅行に連れて行ってもらえたのだ。 海外は初めてだった俺はよほど浮かれていたたのだろう、夕方になって学校からアパートに帰った途端に急な眠気に襲われ、床に倒れ込むように眠ってしまった。 いきなりの事だった。  そしてどの位時間が過ぎたのだろう、辺りが真っ暗になっていて、部屋の中もほぼ闇だった。  俺の住んでいたアパートは築年数もかなり古く、玄関も横スライドの扉で鍵も南京錠で止める形のものだ。そして入口には人が一人で立てる程度の間口があり、そこで靴を脱いだら正面に一畳ほどのスペースに靴を置いて、左側のカーテンを開けてから部屋に入る間取りになっていた。  部屋から見ると部屋と入口はカーテンで仕切られているように見える作りである。  暗闇の中、そこに部屋の中を覗いている人影が見えた。  シルエットだけなので誰かはハッキリとは分からない。ただ、その頃仲の良かった友人に何となく似ているように感じた。 それが宮崎だった。  俺がその影に声をかけた途端に、音がするかと思うほどにガッチリと金縛りにあい、さっきまで横を見ていた顔も仰向けになっていた為か天井に向けられてしまい、カーテンから覗いていた人影をみることが出来なくなってしまった。しかし人のいる気配はひしひしと感じ、それが半開きに開いていたカーテンをゆっくりと押し開けて部屋に入ってくる事が感じられた。 男と女だ! 気配は二人分あった。 目は天井を見ているはずなのに、何故か右方向の気配がある床が映像で頭の中に見る事ができ、爪先を揃えた足が滑るように俺の右脇腹まで一気に近づいて来た。 全身びっしりと鳥肌が立っているのが分かる。 何事が起こったのか、混乱する頭で考えても分かるはずもなく、とにかく現状で起こっている事をただ見ることしか出来ない事に焦りを感じていた。 体はピクリとも動かない。 「こんな所に住んでるからだよ」 えっ!? 男の気配がしゃべった! そして腹の上に馬乗りになるように乗って来た。 重さもしっかり感じる! 『こんな所ってなんだ??』 実は当時住んでいたアパートは、霊感がある友人がよく霊を見かけていたらしい所だった。 序でに説明すると、家賃が安かったので学校に入学したときに入っていた別のアパートを引き払って移ってきたアパートだったのだ。 後々聞いてみると、俺が入る前に住んでいた人は、幽霊が出過ぎるのでその部屋を引き払っていたとの事。 確かに今日に限らず妙に感じる物事は毎日のように起きていたが、まさかこんな具体的に出てくるとは。 俺は動かない口の代わりに心の中で 『こんなとこって何だよ!』 と悪態をついていた。 すると乗られていた腹から下、腰が少しだけ動いた。 俺は何とか腹に乗っている妙な男をどかそうと、必死に腰を動かしてみると、それが分かったのか、フッと左側にどいて立ち上がったのだ。 俺は目が天井を見ているから、無理しても横目でしか見えないはずなのに、左側に立ち上がった男を見る事ができた。 その男は壁の中にめり込むようにしてこちらを見下ろしていた。 平面の壁の中から、体の凹凸に沿って顔、胸、腕、腹部、足などの一部が見えている状態だった。 『えっ!?』 そう思うのも束の間、今度はもう一人の女の気配が男の時と同じように腹の上に馬乗りになって来た。 『わー!なんだよ!どけどけ!』 俺はそう心で叫びながら、唯一動かせた腰を必死に動かしていると、その女の気配もフッと壁側にめり込んでいた。 『なんだこいつら』 俺は動かない体から脂汗を垂らしながらそいつらを見ていると、男が振り返って空を見るような仕草を、壁にめり込むような形で見せた。 「あ、黄泉の口が開いた」 その言葉を遺して男と女の気配は消えていた。 その直後、俺は金縛りが解けて一気に起き上がると、やはり部屋の中は暗闇で窓の外から街灯の光が差し込む程度だった。 すぐに蛍光灯をつけて部屋を見回したが、特に何があるわけでもなく、ひたすら静かだった。 「えっ!なんだった今の!」 俺は金縛りが解けてからは恐怖もあったが、あれは本当に起こったの事なのか?それとも今も夢でも見てる最中なのか?とわけが分からなくなり、それなら証拠に。と、床に印を書いてみた。 明日の朝、この印が残ってたら本当にあった事で、残ってなかったら夢って事になるな。何故かそんな事を考えて、怖さを忘れる為にそのまま布団に潜り込んで現実逃避していた。  翌朝、床にはしっかりと印があった。 それを見た途端に昨日は余り感じていなかった恐怖が湧き上がり、すぐに小山という友人に連絡をとってその日は泊めてもらう事になった。 黄泉って本当にあるのか。と思った体験でした。 何となく怖かった話。 続くかも。
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