愛玩

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 「藤さんのことを考えているんですか?」  なんのてらいもない素直な声で、陽子が言った。  夕は曖昧に頷き、ちらりと陽子に目をやった。  彼女は、車窓を流れていくビル群を、はじめて都会に出てきた子供みたいに、目をキラキラさせて見つめていた。  今ならなんでも言える、と思った。陽子があまりにも夕に関心を寄せていないので。  「……愛玩動物みたいだと思ったよ。」  ええ、とか、なぜ、とか、そんな相槌を陽子は打たなかった。ただ窓の外を見つめながら、黙っていた。  だから夕は、更に言葉を接ぐことができた。もし陽子が少しでもこちらに関心を示していたら、多分夕はなにも言えなかった。  「プードルみたいに、飼い主の好みで毛を刈られる愛玩動物。……藤は、そんなふうだったよ。」  陽子が今度は、くるりと夕の方へ首をめぐらした。  「それを、可哀想だと思ったんですか? 夕さまは。」  彼女の目の色からは、さっきまでのいきいきとした子供みたいな色は消えていた。そこにいるのは、一人の女だった。夕よりずっと大人びてさえいる、一人の女。  夕は、彼女の変貌に驚き、言葉に詰まった  すると彼女は、そんな夕の心理さえ承知しているとばかりに、2、3度大きく瞬いた後、微笑んでみせた。それは、大人が子供に発言を促すような仕草だった。  夕は首を横に振り、それ以上話すことなどないと示した。  夕が藤について知っていることなど少ない。話せることなど、なにもない。  「夕さまは、藤さんのことが好きだったんですね。」  陽子の口調は、問いかけではなく断定だった。  夕は、また自分の内面を見抜かれたような気がして、息を呑んだ。  決して誰にも知られたくはないこと。  中学生だった夕の幼い性欲が向いた相手。  焦ったように女と寝たこと。  それでも叶えられない欲求に指先を焦がしたこと。  陽子はそれさえ知っているような、そんな静かな目で夕を見ていた。  夕は、いっそ跪いて許しを請いたくなった。  けれど、その相手は本当は陽子ではなくて、頭の中で何度でも汚した白い肌の人で。  会いたいのでしょう?  と、陽子が言った。  夕は、首を横に振った。  嘘ではなかった。  会うのは、怖かった。とても、とても。  藤があの頃のままにうつくしくても、歳を重ねてあの頃のうつくしさをなくしていたとしても、どちらでも怖かった。  「俺は、男が好きなのかも入れない。」  その言葉は、牡蠣殻みたいに喉に引っかかった。  あまりにぎこちない告白を聞いた陽子は、笑った。いつものように、太平楽な顔で。  「あなたが好きなのは、藤さんでしょう?」  
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