失踪

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 お仕着せである地味な紺色の着物を脱ぎ、ピンク色のショートコートに着替え、まとめ髪を解いた陽子は、17という年相応に見えた。私服姿を見るのははじめてだな、と、夕はなんとなくそんなことを思った。  「行きましょう。」  妙に気合の入った言いようで、陽子が夕を見上げた。  かろうじて寝癖を直し、コートを羽織った夕は、陽子と並んで部屋の縁側から外に出た。  母親に見咎められるのが嫌だったのだ。まさか正直に、藤を探しに行ってくるとは言えない。  15の藤が屋敷にやってきたとき、夕の母は半狂乱になって父を責めた。  愛人を作ること自体には文句はない。けれど、未成年の、それも男を連れてくるなんて許せない、と。  間近で母を見てきた夕としては、そもそもの前提である、愛人を作ること自体には文句はない、という台詞がもうすでに嘘だと分かっていた。多分母には、嘘をついているつもりはなかったのだろうけれど、彼女は気位が高かった。  言ってしまえば成金である父を、旧家の出である母は心のどこかで見下していたのだろう。その男が、愛人として、うつくしい少年を連れてきた。  母のプライドはずたずたに切り裂かれたに違いない。   「夕さま?」  ぼんやり歩く夕から数歩先に出た陽子が、怪訝そうに首をかしげて振り返る。  なんでもないよ、と、夕はちょっと笑ってみせた。  陽子はごく単純に安心した顔をして、夕の隣に並んだ。  「お屋敷までは、どれくらいかかるんですか?」  「車でしか言ったことないんだけど……電車では、多分二時間くらいかかるんじゃないかな。」  「それじゃあ、私は一日仕事をサボってしまいます……。」  「後で母親に言っとくよ。俺の用事に付き合わせたって。」  ぱあっと、陽子の顔はそこだけ陽光に照らされたみたいに明るくなった。  「ありがとうございます。」  ぺこりと頭を下げられ、夕は苦笑して彼女の髪をくしゃりと撫でた。  陽子を自分の用事に付き合わせたというのは、別になんの言い訳でもなく事実だった。  「電車に乗るのも久しぶり……。」  「休みの日なんかは、どこかにでかけたりしないのか?」  「疲れたなーって、お部屋でごろごろしてたら、お休みなんてあっという間に終わっちゃうんですよ。」  そうか、と、生活のための金を稼いだこともない夕は、年下の少女をちょっとした尊敬の眼差しで見つめた。  陽子はその眼差しに気がつくこともなく、弾むように駅への道のりをたどっていった。  
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