松田忍者一家

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松田忍者一家

 とある丘に広がる農村、そこは、女流忍者屋敷を中心に広がる忍者村だった。代々男児が生まれるとこの農村の周辺に出され、村を守る役目を担う。そして、村には女性しかいない。  松田忍者一家。その名は歴史の中には記録されていない。知られたところでは、甲賀流忍者や伊賀流忍者の名が伝えられている。実は、松田忍者は、この2つの流派の忍者の総元締めであり、江戸幕府直属の隠密忍者だった。  その日、忍者屋敷の周囲では、4人の少女たちが忍者としての訓練をしていた。と言っても、身なりは普通の村の少女である。よく漫画に見られる様な忍者装束は、本来夜の忍びの際ぐらいにしかしない。むしろ、忍者と言うものは、ある時は商人、ある時は武士と姿を変え、その身を社会に隠しながら行動をする。この4人の少女たちを見て、これが忍者とは誰も思わないだろう。そして、そうでなければ忍者ではないのだ。  当時は、忍者に限らず、太陽と共に寝起きした。現在の5時には屋敷から出て、夜の7時には屋敷に籠る。4人の少女たちは、午前中の過酷な訓練をしていたのだった。  月光(かっこう)は、姉の日光(にっこう)と、二人の妹の4姉妹の二女だった。兄や弟がいたかどうかは判らない。物心ついたときには、この4人で忍者としての訓練を日々こなしていた。  訓練を付けているのは、母の陽炎(かげろう)だった。 「日光、よくできました!」 「はい!」 「月光、あなたは無駄な動きが多すぎ!」 「えー、母上、私は元気なのよ!」 月光はいつも叱られていたが、他の3人は知っていた。母上は、私たち以上の事を月光には要求している。飲み込みが早い月光は、忍技においては既に忍者村一と囁かれる様になっていた。 「日光姉さま、月光姉さまをぎゃふんと言わせてくださいな。」 「あら、どうして?」 「なんだか癪じゃないこと?」 「地光(ちっこう)は、負けず嫌いなのね。」 「日光姉さま、次の代の家長を採られてしまいますわ。」 「あらあら、星光(しょっこう)まで。」  綺麗な黒髪を後ろで結び、前はおかっぱにした日光は、おっとりした性格だった。別に月光の方が優れているのであれば、自分が跡を継ぐべきではないと思っていた。 「私、視野の広い日光姉さまの方が良いんだけど・・・・」 「うん、何だか月光姉さまが家長になると、こき使われそう。」 「そんな事は、ないわよ。」 日光は、妹たちが月光との能力差を恐れているのを、優しく受け止めた。  激しい訓練をすると、おなかが空く。一家は10時になると、穀物を食べて小腹を満たしていた。 「陽遁、陰遁、火遁、水遁、木遁、金遁、土遁・・・・うちらは、自然の力を使っての忍術は全て完成させてる。でも、時を越える事はまだできてないわ。」 いつもそうだ。さっさと食べ終わると、月光は縁側から飛び立ち、裏庭をぐるぐる回りながらつぶやくのだ。  妹たちは、顔を見合わせてつぶやいた。 「また月光姉さま、変な事を言ってる。」 「一種の病気じゃない?」  日光は、そんな妹たちを見てクスクス笑いながら、月光にのんきそうに声を掛けた。 「忍法は、何代にもわたって母上や祖母上たちが精錬してきたのよ、あなたの成果ではないわ。」 「だからよ!」 月光は向きなおり、真剣な顔で語り始めた。 「敵たちができない事をできる様に、常に精進しないと滅ぼされてしまうわ。」 「敵だって。」 「滅ぼされるだって。」 日光は、少し怖がっている妹たちを、そっと抱きしめてあげた。 「人間、やってできない事はないと思うのよ・・・・・でも、ああ、解らないわ!どうすれば時を越えられるんだろう?」  そこに、先ほどまで訓練指導をしていた母が、自分の食べる穀物を持ってやってきた。妹たちは小さい声で訴えた。 「母上、月光姉さまは、妖怪にでも憑りつかれているのではないかしら?」 「毎日熱心よね。」  母は知っていた。月光は夜になっても書物を読み漁り、あるいは実験を試み、様々な知恵や知識を吸収しようと日々頑張っているのだ。 「うちも熱心に修行してるわ、母上。」 「日光も偉いわ。」 陽炎は、何かにつけて月光と比較される日光を褒める事を忘れなかった。日光は一番姉として一家全体の事を常に考えている。それでも、何と言っても年端も行かぬ少女なのだ、時折さみしくなるに違いない。  広間にいた大婆もやってきた。一番年下の地光が、無邪気に訊ねた。 「お婆上、時を越えるなんて、正気の沙汰ではないのでは?」 大婆は、顔をほころばせた。 「時は絶対。越えられるのは、神か仏だろうな。しかし・・・・」 大婆は月光を見た。何かの呪文だろか、月光はいつも通りぐるぐる庭を回りながらぶつぶつ言っていた。 「月光の言う通り、松田一派は徳川家の支援の下で、長い年月をかけて事前の力をほぼ活用できるに至ったわ。後は確かに、時だけ。時間を操る事ができれば、こんな完璧な忍術はないわ。」  月光は、いつも通り、裏庭の一番多きな岩の下で、岩に向かって大声を出していた。 「これ、月光、呪文は大声を出してはならんよ。」 「こら、月光、胸を張りすぎているわよ、姿勢が悪い。」 「月光、一体何て言ってるの?」  その時だった。そこにいる全員が顔を伏して目を瞑らなければならない様な強い光の球が、一瞬月光を覆った。そして、その閃光は、まるで月光に吸収される様に、ふっと消えた。 「え、な、何?」 「月光!?」  当の月光は、全く眩しく感じなかった様で、目を見開いて驚いていた。何かが体の中に入ってきた実感はあった。少したどたどしく自分の体と自問自答したが、体調に異変も違和感も特段なかった。そして、自分を触り、眺め様とした刹那、もっと驚くべき事が起きた。   ※ 時刻の呼び方は当時は違いますが、今風に表記します。 ※ 言葉遣いは、松田一家と少年と異次元の2人の乗組員で違いますが、それ  ぞれの言葉の干渉のない場面では現代日本語で表記します。
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