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それから数分後、セスとケビンは体育用具室の大掃除をやらされていた。
「たく……。なんでこんなとこをわざわざ掃除しなきゃなんないわけ?」
ケビンはぶつくさと文句を吐きながら、バレーボールの支柱を外に運び出す。
「まっはふなっ。(まったくな)」
セスはエネルギーチャージを口に加えたまま、ロール状にしたマット4枚を肩に担ぎ、バスケットボールを網籠ごと片手で運び出す。
「おまっ!規格外だな。どんだけよ!」
ケビンに突っ込まれて、セスは一瞬意味が分からずキョトンとする。
――ああ、忘れてた。ちょっと人間ぽくなかったか……。
セス・ウルバンという生態は人のカテゴリーから少し外れている。
小説で言うならば『狼人間』といったところか。
――月がなくとも変態できるけどね。
「チャージ効果かなぁ」
深い突っ込みは勘弁してもらいたいところだ。
「ぐはっ!んなわけねぇだろ!」
ケビンは爆笑し、それ以上を深く追求しない。
――うん。お前のそういう軽いノリが好きよ。
セスは心の中だけで礼を言っていた。
「やっほ~。終わったかな?」
全部の用具を出し終えたところで、快活な声が上がった。
彼女、体育委員のエリザはケビンの想い人で、そのドストレートな長い髪は、彼女のというかケビンの自慢だ。
ぱっつんにそろえた前髪の似合う小顔美人。
「ちっ、終わったころに来やがって」
悪態をついているケビンの目は、口とは裏腹に優しいものだ。
惚れた弱みというやつだなと、セスは隣で納得するかのようにケビンの肩に手を置いた。
「うん。その辺はばっちり狙ってきた」
エリザの性格は、可愛い顔に反してわりと男前。
手にしたバインダーに備品のチェックをこなしていく。
なるほど、種目ごとに並べろの意味にセスとケビンは合点がいく。
「何?スポフェスの準備を今の時期からしてんの?」
「や、エリー先生がちょっと綺麗に整理するっていうからね、もののついで?出した時にやった方が効率良いでしょ?」
ちゃっかりしているなぁ。と、セスはいっそ感心する。
「ああ。運んでいる時に、傷んでいる用具は無かった?予算取れたから、買い足すって先生が」
「お前な~、どんだけ楽する気だよ?」
ケビンはここぞとばかりにエリザの頭を鷲掴みした。
へへっ、と笑うエリザの歯から八重歯が覗く。
ちょっとクールガイな性格のエリザが、こんな甘えた顔をするのはケビンの前くらいだと、セスは気づいていた。
――君たち早く、くっつきなさいよ。
「お、おつかれさま」
背後の体育館扉から、控えめに顔を覗かせたのはエリザの親友で、名前はマイ、日系人だった。
――お、いつものちっこい子だ。
小動物を思わせる黒目勝ちの瞳に上目遣いで見つめられ、セスは半ば無意識に頭を撫でていた。
ふんわりした茶系がかったボブは見た目通りの柔らかさで、ちょっときょどきょどしているハムスターみたいな子だと、セスは笑みを浮かべる。
――うん、かわいい、かわいい。
「あ……えっと」
「セス、マイマイが固まってる。自覚症状無しでセクハラしない」
エリザの言葉にセスの手がビクついたように止まる。
「え?これセクハラなの!?愛情表現だろ???」
「何の愛情よ」
そこが問題だ。
「小動物愛好会とか?」
「ぐふぁ。セス……お前、言いえて妙すぎっ!」
ケビンが噴き出すのは本日二度目。
一方でセスは加減する気もないエリザの足に己の足を踏まれかけ、反射的に飛びのいていた。
「えっと、ごめん。気ぃ悪くした?他意はなんもないよ」
「ううん。大丈夫だよ」
マイは真っ赤な顔で慌てたように首を振るものの、寧ろあって欲しかったと、もの寂しそうに目を伏せていた。
『ねぇ。あれ、なんとかなんないの?あいつのあの馬鹿さ加減』
エリザはケビンの袖を引っぱり、耳元に小声で不平を口にする。
『俺に言われても、セスのああゆうとこは完全に無自覚だからな。あれがあいつの標準装備だって、諦めないと』
女癖が悪いというわけではないのだが、罪な男、それがセスだった。
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