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食人鬼と混血種
一番星が煌々と輝き始めて随分になる頃、未だ教室にただ一人残っていたセスの背後にその人物は現れた。
いつの間にか音もなく、密やかに。
「相変わらず気配消すのがうまいね、レオ」
苦笑するセスにその人物は、微笑みを浮かべた。
ケビンとそう変わらない長身だが、その彼より一回りは細身だ。
あんたは、どこの王子だよ?という完璧なルックス。
大抵の女は、彼の微笑一つであっさりと落ちるだろう。
「察知したいなら、風上でなく風下にいるべきだったよ」
恐ろしく人を惹きつける心地良い声音。
レオは見た目通りの紳士的な口調で、穏やかにセスに教授する。
レオのこうしたところを好意的に思えるのは、既にレオの手中に囚われているからなのか、セス自身も判然としない。
「こうしたところって?」
レオの背後でコロコロと鈴の音のような声が顔を覗かせた。
夫であるレオの腕に手を掛けるのは、少女のような愛らしさを兼ねそろえた控えめ美人。
『レオがレオたるところだよ』――嫌味がないっていうね。
セスは彼女に心の声を届ける。
「久しぶり、スワン」
スワンの耳は地獄耳、心の声を聞く能力『サイレント』がある。
能力を閉じることもできるらしいが、それは人間が呼吸を意識して止めるのと同じようなものだと言っていた。
どちらにしても息苦しい生活に違いないと、セスは同情せずにはいられない。
「平気よ。彼が私を人混みの中から連れ出してくれたから」
スワンはレオを見つめて微笑んだ。
彼ら夫婦は人里から少し離れた湖に臨む丘の上で暮らしている。
山を切り拓き、ライフラインを整えたのはレオだ。
指折りな個人投資家であるレオは、美しい妻スワンをそこで囲っている。
――ホント、スワンが金に汚い女でなくて良かったよねぇ。
「レオと一緒にいれば汚くなれないわよ。いつもやり過ぎる彼を思いとどまらせるのに、こっちは必死なのよ?」
歳の差百歳越えでは、さぞや価値観の違いによる苦労が絶えないのだろうと、セスは更に同情した。
「君は僕に全てを捧げてくれたんだ。僕だって誠意を尽くすさ」
レオはスワンの腰に腕を回して引き寄せた。
「君の為に何が出来るのか、僕はいつだってそればかりに囚われているんだ」
レオは愛を囁き、スワンの瞳に引き寄せられるように唇を寄せる。
最早完全にセスのことは視界に入っていない。
――うぅん、この盲目中の王子様を殴っても許されるものだろうか?
ああ、そうそう、レオとスワンは人間じゃあない。
ヴアンパイアだ。
おそらく未来永劫イチャコラしている馬鹿夫婦であるのだろうと、セスは辟易するよりなかった。
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