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絶対の自信を匂わせているシェリーは、おそらくギリギリのタイミングを熟知している。
これまでもこうしたデスマッチをしてきたのかもしれない。
マナはシェリーと競って走っていた。
崖に向かって下り走る彼女のスピードは一向に緩まない。
崖からダイブしたとしても、対岸には届きそうにない。
如何にして止まる気なのか?
まだだ。
もう、崖まで先がない。
まだなの?
残り僅か。
これ以上は……。
マナがそう思うのと、僅か先を走っていた彼女の姿が忽然と消えたのは同時だった。
「!?」
崖に伸びていた雪が崩れて、シェリーは地に落ちたのだ。
けれど落ちた直ぐ下に出張った岩石が見られた。
そこに彼女は見計らったように着地している。
崖より先――プラスαの突き出たその場所があると知って、選んだ立ち位置だったのだ。
――やられたっ……。
当然にしてマナの行く先には岩場などない。
つまり、シェリーよりも手前で足を止めざるを得ない。
ほくそ笑む忍び笑い。
「あなたの負け……よ――」
シェリーの顔つきが一変する。
年月を経て風化していたのか、あるいは衝撃の所為なのか、岩場が山肌から剥がれ落ちたのだ。
「マナっ!!!」
セスの制止する声に応じず、マナはためらうことなく崖からダイブした。
マナには最初から足を止めるつもりは毛頭なかったのだが、その趣旨は変わっていた。
勝つためではなく、シェリーを救うべくマナはダイブしたのだ。
宙を掻くマナの足、スローモーションのようにマナの目は絶望を悟ったシェリーと目があった。
「掴まってっ!!!」
マナはめいいっぱいにシェリーに向かって手を伸ばした。
シェリーの手を掴んだ瞬時に、彼女を上に向かって放り投げた。
――セス、頼んだわよっ!!!
そんな力技を果たせるのは、マナが人間ではなくヴァンパイアの血を引く証。
銀狼がシェリーを銜え掴んで、対岸に着地を果たす。
マナは銀狼ならば眼前の崖を飛び越えられると見越していた。
そして、マナがダイブすれば必ずやそうするに違いないだろうことも。
特に示し合わせたわけでもなく、マナはそれを十分に承知していた。
セスは必ずマナを護るために動く。
けれど、シェリーが落ちたことまでは想定外のことだった。
この土壇場に置いて、セスはマナを信じた。
マナはマナ自身の力で生き残る算段があるのだと、信じるよりなかったのだ。
「マナっ!!!」
死ぬなど許さないと、怒声が飛ぶ。
崖肌を滑り落ちながら、マナは必至に爪を立てた。
岩壁に削られ、肌は擦り傷だらけだが、構ってなどいられない。
マナは生きるために念じた。
――伸びてっ!!!早くっ!!!
地中を這う樹木はマナの生存本能に応えた。
マナの手は細胞を活性化させる能力を持っている。
植物であれば急成長させることも可能。
岩の隙間を突き破って伸びた根、それを腕に絡め掴んで、マナは辛くも九死に一生を得ていた。
下から吹き上がる風は、轟々と唸って悔しそうだ。
「はぁ、ひぃ、ふぅ……」
エネルギーは完全に枯渇状態、疲労困憊のマナはすっかりちびマナと化している。
もう崖をよじ登る力さえない。
もしも根が切れれば万事休すだ。
『泣くことになっても知らないよ』――耳が痛い。
「セス~。セスさ~ん」
弱弱しく叫んだのが最後だった。
瞼が非常に重い。
眠ってしまえば、直ぐに楽になれるが、それは間違いなく永眠だろう。
プロのロッククライマーも舌を巻くほどの速さで、セスが助けに来るまでマナは落ちる瞼と闘っていた。
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