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その後に訪ねたセスの住居は、数戸を組み合わせたログハウス。
二世帯住宅ならぬ、三世帯住宅だ。
棟を数えれば四棟が並び立ち、一番大きな棟がリビングダイニングの共用スペースで、ロフトは客人用の宿泊スペースとされている。
そして、庭という括りに収まらず、目の前は広大な農地が広がっていた。
聞けば一から全て手作りだというのだから驚きだった。
そうというのも建物だけの話ではない。
山を切り拓いて、開拓から着手したのだとか。
広々とした家屋は、その一つ一つがダイナミックで豪快な造り。
天井が高く、天窓も大きい。
全ての棟が二階で繋がり、誰もが直ぐにリビングに集まれる造りになっていた。
「素敵ですね」
心からの賛辞が、なんら変哲もない一言で終わって良いものか気が引けてしまうほどに、素敵だった。
自己紹介をするより早く、マナが思わず口にした言葉がそれだったのだ。
「そう思ってくれて嬉しいよ、ありがとう」
セスの父親、ダンは一級建築士、この住居は彼が設計したのだという。
内心ではここでも疎まれることを覚悟していたのだが、ダンの屈託のない笑みに、マナは少しばかり拍子抜けしてしまう。
「も、申し遅れました。はじめまして。マナ・ウォールです」
手土産が何もないことに今になって気付いたが、まぁ、後の祭りだ。
世間のノウハウを理解できていないことに、今更ながらに及び腰になる。
引き籠り歴が生きた年数のマナにとって、この場が社交界のデビューと言えた。
「まぁ、まぁ。こんな可愛いおチビさんだなんて聞いてなかったわよ?」
セスの足元で居を正す幼い少女に目を瞠ったのは、セスの母親であるセリアだ。
「お嬢ちゃん、幾つなの?」
顔を覗き込まれて、マナはドギマギとまごついた。
セリアは泉の瞳を持つ、水蓮のように可憐な女性だった。
「えっと、その……この姿は七歳になります」
セスはマナに代わって手短に説明する。
「色々あって、今はこの姿にしかなれない。俺たちでいうところの帰化と同じ状態だよ」
セスの家族は大家族だった。
先ず、祖父母のヤマラとアメリア、母親のセリアに父親のダン。
それから兄のジョーと、その妻のジェシカ、そして夫妻の双子ミリーとカムイ。
ダンに実の子はいない。
そしてセスとジョーの父親も違うという複雑なご家庭。
ダンとの婚姻で3度目というセリアの逞しさに、マナは内心で敬服する。
ヤマラとアメリア、それにダンとセリアはレヴィンの加護を得ていない普通の人間だった。ヤマラとダンは里の外から入った人間、そしてアメリアとセリアは――。
「帰化したんだよ」
互いの伴侶と共に人生を歩む選択をした。
「ところで、あんたの星の巡りのお相手って、この子で間違いないの?」
ジョーの妻、ジェシカはセスに向かって、新緑の瞳を眇めた。
「あれ?ジェシカ、美容院に行ってきたの?」
外巻きに跳ねさせた栗毛とグリーンのコントラストが強気な彼女によく似合っている。
「あんたの未来の嫁が来るって言うから、朝から張り切ったのっ!それより、まさか幼児趣味があるわけじゃあないわよね?」
そっちのけ?
小首を傾げるマナを余所に、ジェシカは声を潜めてセスに詰め寄った。
『人の道から外れたら、叩き出すからね』
「ん、よろしく。俺もマナ相手じゃあ自信薄」
ジェシカは一息に目を吊り上げ、マナを掻っ攫うようにセスから遠ざけた。
「近づいたらダメよ、あの狼は鬼畜だからねっ」
義弟とはいえ、酷い言い様だ。
「あんたの部屋は客間を好きに使えばいい」
ジョーが相変わらずの無愛想ぶりでマナに告げた。
「ご厚意に感謝します。暫くの間、ご厄介になります」
マナは謹んで淑女の礼を取った。
そんなマナに熊のような大男のダンが目の前に進み出た。
その彼がニッカリと、笑みを見せるので、マナはうっかり獲物を見つけた熊を思い起こしてしまった。
「そんな畏まらなくても平気、平気、ここにいる皆はもうマナの家族だ」
次の瞬間、ダンはマナを豪快に抱き上げ、高い、高いと、放り上げた。
「わっ、わっ!わっ!」
マナは動揺して、目を白黒させる。
「はははっ。可愛い娘が出来たようで嬉しいよ。歓迎する。よく来た、よく来た」
夏の向日葵を思わせる眩しい笑みは、ダンの精一杯の真心だ。
張っていた心が緩んで、マナもつられて笑みを覗かせた。
ふわりと綿帽子のように柔らかいその表情に、誰もが息を呑む。
意表を突かれるほどの温もり溢れる歓迎ぶりに、マナは暫し瞳を揺るがせていた。
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