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セリア・ウルバンには二人の愛しい息子がいる。
父が違うせいか二人は性格も、容貌もあまり似ていない。
寡黙で、黒髪、落ち着いた深い眼差しの兄のジョー。
対して弟は、月の光を取り込んだような銀かかった金髪で、人好きのする柔らかい面差し。
既にジョーは幼馴染だったジェシカと結婚し、可愛い双子の父でもある。
お嫁さんのジェシカは少々雑な性格とは言え、気立ての良い(そして、本人は隠しているようだけれど、涙もろい)娘だ。
何を隠そうセリアは、彼女の幼い頃から、この娘だと目星をつけていた。
――ああ。ジョーのお嫁さんはきっとこの子になるわ。
誰しもに見えるわけではないのだが、運命の赤い糸がセリアには視えていた。
そうとは言っても、二人の間に障害がなかったわけではない。
ウルバン家の者は、代々レヴィン一族の中でも秀でた才を持つ者を輩出しやすい家系と周知されているようで、お嫁さん候補に名を上げる者は多かった。
そんなわけで、ジェシカには執拗な嫌がらせが吹っ掛けられていたのだ。
けれど、それが二人の仲を煽ることにもなったと言えるだろう。
ただ、今でもジョーに言い寄る女性は少なからずいる。
ジェシカは時折ヤキモキしているけれど、当のジョーはジェシカを心の底から愛しているし、余所に目移りできるような器用な性格でもなかった。
ジョーのお嫁さんは、おそらく生涯にただ一人で終わるに違いない。
「ところで、あなたはどうなの?」
セリアがそう訊ねていたのは、昨年の初夏を迎える頃のことだった。
「んあ?」
ポーチドエッグと生ハムを焼きたてのトーストに乗せ、たっぷりのパルメザンチーズにオリーブオイルと岩塩、それにハーブを包み込んで、今、まさに噛り付こうとしているセスは、大口を開けたまま、質問で返した。
「お嫁さんよ。そろそろ、あなたもお年頃でしょう?」
一族の男は魂の巡る周期が早い。
十代も半ばを迎えればそろそろ嫁取りを意識して然るべき頃合いだというのに、こちらはどうも食い気ばかりに走っている。
「髪、跳ねているわよ?」
寝癖をそのままに登校する息子を可愛いなんて思っていられた時期はとっくに過ぎた。
高校生ともなれば多少はお洒落に気を使って貰いたい。
「走っていれば、そんなの気付かれないんじゃあないかな?」
「そうね、走っていればね」
くしゃくしゃと、セリアはセスの髪を撫で付ける。
「無造作ヘアー?」
この息子、帰化する気はまるでないくせに、人間の世界に紛れ込むどころかどっぷりと嵌まり込んでいる節がある。
人間の周期で悠長に婚期を考えて貰っていては困るのだ。
良い話を頂いても、セスはまるで他人事のように関心がない。
熱烈な求愛を示している嫁候補者たちに、申し訳なく思うほどだった。
「う~ん。焦るならさ、セリアが適当に選ぶ?」
自由恋愛が基本だが、家同士で婚姻を結びあうことも多かった。
効率重視の政略婚が半数以上を占めているというのが現状だ。
となれば以前より申し出のある娘たちの中から選ぶことになるだろう。
「筆頭はシェリーにレイラね。次いでアナにセシリアかしら?どのお嬢さんも申し分ない家柄だし、誰とお見合いするの?」
お見合いとは名ばかりで、それは婚約と同義だった。
セスがお見合い相手にマーキングすれば成立する。
「うぅ~ん、甲乙つけがたいよね。それに彼女たちは常に一緒にいる感じだし」
一族の女性は群れることが多かった。
獣の特性?それとも女性ならでは?
それは分からないが、とにかくグループ単位でまま行動する。
「候補者外に気に入る子はいないの?」
「いないからの話しじゃん。それに俺が他の子を選べば、彼女たちは喰って掛かりそうだ」
セスは肩を竦めた。
「まぁ、セリアが決めたなら黙るよりないかもしれないけど?」
「別にそれでもいいけど……」
セリアは納得を示す言葉を口にするも、顔には消化不良だと書いてある。
「くふふっ。そんな不満そうな顔しないでよ。『星の巡り』だっけ?俺はなかなかお目に掛れないみたいだ」
皆がみんな、運命の相手に出会える幸運な生涯とはいかないのが現実だ。
一本気なジョーとは違い、飄々としたセスは、器用にハーレムを楽しめる子なのかもしれない。
必然の遭遇――抗いようのない引力とは、言って伝わるものではないし、言ったところで巡り会えるものでもない。
セリアにとってはダンがそうだった。
でなければ自ら帰化して寄り添う決断など選ばなかっただろう。
「あのねぇ。恋は考えるんじゃないの、感じるのよ!」
「あははっ。朝っぱらから熱いなぁ」
ところが、そんな草食系男子だったセスにもついに転機が訪れた。
しかしながら、素直にセリアは喜べなかった。
よりにもよって、堕ちた精霊族――ヴァンパイアが相手と知って、身構えないはずがなかったのだ。
ヴァンパイアは古の穢れた血を継ぐ一族とも、呪詛をその身に宿す一族とも囁かれている。いうなれば、いわくつきの魔物なのだ。
しかしながらだ。
そんな偏見はマナを一目見た時に一蹴されてしまう。
ダンに抱え上げられ、緊張に強張っていた表情を崩した様は、まるで妖精だった。
そうでなくとも双子と変わらない年端では、これまでさぞや心細かったに違いないと、セリアはそそられる庇護欲を懸命に抑えねばならなかったのだ。
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