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畑の中央で独り、セスは伸びをするように諸手を天に向けていた。
一体何を?
マナはセスにそっと近づいた。
空に何かあるのだろうかとマナも隣で天を仰ぐ。
「うわぉ、マナっ……」
そんなに驚かなくてもと、マナは苦笑した。
「随分と集中していたけれど、何をしていたの?」
「雪の水分量を調節していたんだ」
少し水を含み過ぎているから散らしていたという。
そう聞いたところでへぇえと、頷くよりない。
「雪がそんなに重要?」
マナは首を傾げた。
「ん、雪床で寝かせたキャベツは凄く甘くなるんだ」
「雪で性質がそれほど変わるの?」
「ああ、それを微調整するのが俺たちならではだよ」
葉を凍らせてしまわないように、ゼロ度以下にならない絶妙な匙加減が必要なのだとセスは説いた。
雪の水分量を調節して温度管理していたのだと知る。
マナは足元の雪の中から顔を出したばかりのキャベツの葉を摘まむ。
確かにその細胞は死んではいない。
「雪は温かい防護壁なんだよ」
吹きつける北風や、霜から守られたキャベツは、じっくりと養分を蓄えて糖度を上げる。
その糖度は10%にもなるのだとか。
それがどれほど甘いものなのかマナには見当が付かなかったが、目を輝かせて語るセスの話は興味深かった。
「市場では通常の十倍の値がつく」
期間限定の上に、雪床キャベツの希少価値がついて、飛ぶように売れる。
市場に出る前に売買契約を結ぶことも多く、市場にはまったく出回らない年もあるという。
「きっかけをくれたのはヤマラだよ。昔、日本で農業を学ぶために留学していたんだ」
長野県の小谷村で確立されていた栽培法だった。
当時、ヤマラはその驚きの甘さに舌を巻いた。
「小谷村と同じ性質の雪を降らせろって、俺たちに無茶振りするんだ」
降らせることは流石に広大過ぎて出来ないが、積雪した雪を調節することなら可能だった。
「こっちが思いもしないことを貪欲にやってのけるんだ、人間ってのはね」
品種改良の技術は日進月歩。
新しい品種は次々と現れている。
「こだわって作り出したら凄く面白くてさ。ははっ、皆してどんどんハマったんだ」
気づけば競うように荒れ野を農地に変えていた。
「キャベツって、こういう小さなものもあるわよね?」
マナは指先で小さくまるを作る。
マナの父が好きで、母がよくスープに使っていたことを記憶している。
スープの味は知らないが、ハーブと一緒に煮込んだ優しい香りを覚えていた。
「芽キャベツだね」
同じアブラナ科でもその実り方はまるで違うとセスは言う。
フォルムはサボテンみたいだと言うのだから、マナには想像がつかなかった。
「あっちのハウスにあるから後で見せ――」
セスは言葉を途切れさせた。
「セス?」
マナは訝しんでセスの視線の先を追う。
どうやら朝の仕事を終えたようで、数人の組合の男たちが倉庫の前に集まっていた。
「おい、セス。朝飯の前にちょっといいか?」
顎先を向けたのはベンだった。
「石灰袋なら昨日のうちにトラクターに移しといたのになぁ」
セスの様子から今後の作付けの話でもあるのだろうと、マナはミリーらのところに戻ることにした。
「じゃあ、私はセリアを手伝ってくるわね」
この後はお弁当作りがマナを待っている。
「ん、期待しているから」
そっと頭を引き寄せられて、マナはセスに口付けを落とされる。
いきなりのことに髪に触れたその温もりに手を添え、目を瞬いた。
こうしたキスは、父と母がよく度重ねてしていたことだ。
ダンも出掛けにセリアと交わしていたのを見ていた。
親愛の印。
「あ、ありがとう……?」
その受け止め方が分からない。
でも嫌じゃあない。
「ん、どういたしまして」
セスは満足気に笑う。
よく分からないけれど、マナもその笑みつられて笑っていた。
そんなマナの後ろ背を見送り、顔つきを一変させたのはセスだった。
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