食人鬼と混血種

2/5
前へ
/162ページ
次へ
「その辺にしておかないと、いい子にお留守番しているレイミーが、きっとヤキモキし始めるよ?」 レイミーというのは、二人の間に生まれた子だ。 スワンが転生前に産んだ紛れもなくレオ自身の実の子――混血種(ダンピール)だった。  我に返ったスワンは顔を赤くして、平静を装う。 「セ、セスもたまには遊びに来てね。今日だって、ひどく会いたがっていたわ」 「ん、俺も会いたいよ。とっとと、この面倒ごとを片付けてね」 にっこりと嫌味たっぷりの笑みを覗かせているセスに、レオは苦笑しつつも、至極真面目な顔に戻った。 「では、果たすべきを果たしに行こうか」 もう、先ほどまでの甘さはどこにも無い。 レオのその険しい顔つきに、セスも気持ちを引き締めて頷いた。    三階の教室の窓に足を掛けるやそのままためらうことなく彼らは跳躍する。 そして、そのまま学校の裏手にある森の奥まで一気にチーターの如く駆け抜けた。 レオを先頭に、木立をかいくぐって先を目指す。    レオの合図でセスは左へ、スワンは右へ回り込む。 ひんやりとした森の空気に混じって、甘ったるい匂いがセスの鼻孔をかすめた。 ――臭い……。 嗅覚の鋭いセスは小さな唸り声を漏らし、標的が近くにいることを察知していた。    セスは思わず鼻に皴を寄せてしまう。  例えて言うなら、相乗りしたエレベーターで時々出くわす香水のドギツイ女の臭い。 森の奥へ進むにつれ、臭いの元は増えていった。 人間を狩った奴らは特有の甘ったるい臭気を放つようになる。 ――まるで、毒花だな。 2……いや、3体はいるな。 同じ体臭は、彼らの転生者が同一人物であるからに他ならない。 セスは木々の途切れた小高い丘で、再びレオらと合流して待ち構えた。 既に囲まれている。 「2だ」と、告げたのはレオ。 「じゃあ、7ね。良かった……数が合うわ」 互いの人数を聴き取ったスワンが合算させた。 「相手は勝つ気満々よ。話し合いなんてする気はないわね」 スワンの嘆息まじりの一言を皮切りに、夜の闇よりも濃い影が襲いかかってきた。 1、2、3……その数をカウントしながら、最初の奇襲はほぼ一撃でそれぞれが仕留めた。 「一体は残すんだ。黒幕を吐かせる」 レオが更に一体を地面に叩きつけながら命じた。 「必要ない。彼らは犠牲者よ、知らないわ。そして、彼らが知る限りここにいるので全部よ」 スワンが告げながら5体目を仕留めた。 残り2体。 黒髪のおさげの少女とナイキーズのキャップを被った少年だった。 敵わないと判断した少年は、仲間であるはずの少女をレオの前に突き飛ばした。 少女を贄にして、少年は方向転換を果たした。 一目散に逃走を図ったものの、そのことさえも読んでいたスワンがその行く手を阻んでいた。 その間に、差し出された少女はレオがあっさり片付け終えている。 「残念ね。仲間を盾にしても救われないわ」 「$▼&‘△7=!!!」 何かを喚き散らしているが、セスらにはまったく理解できない。 既に人であった頃の記憶は薄いのか、飢餓状態のあまりに狂ったのか、言葉にはまるでなっていない。 唯一、心を読めるスワンだけが遺言となる少年の咆哮を聴き遂げていた。 「大丈夫、もう苦しまないところへ行けるわ」 そしてスワンは無情に少年の首をはねた。 その間もセスは、辺りに異質な気配が混じっていないか神経を研ぎ澄ませていた。 ――くそっ!!! こんなに狩っても黒幕が出て来ないのかよ!? 「こんなことをさせるなんて!!!」 憤りに顔を覆うスワンを、レオがふんわりと宥めるように抱きとめていた。  森に潜んでいた彼らは産まれて間もないヴァンパイア、いや、その成りそこないだ。 彼らは、血の束縛を受けた食人鬼(グール)。 そのすべてが小学生ほどの子供だった。  人間はヴァンパイアに噛まれると、染色体異常を起こしてヴァンパイアに転生する。 但し、噛みつく側(転生者)は相当の忍耐力という代償を払うことになる。  ヴァンパイアは人に噛みつくとトランス状態になり、致死量の血を飲む前にとどまるということが限りなく出来ないに等しいからだ。  ヴアンパイア人口が人のそれとは違って爆発的に増えないのはそのためだった。 だというのに、こうもわんさと増えた理由、それは食い散らかしに他ならない。  今回の惨事は、掟の第二条『人間の幼子をヴァンパイアにしてはならない』に抵触している。そればかりか、掟の第一条『人間にその存在を知られてはならない』にも及んでくるのは必至だ。  第二条の理由を詳しく説明するなら、幼子をヴァンパイアにからだ。 個人差はあるようだが、およそ十三歳未満であれば覚醒が止まらずに暴走する。理性を欠いた、ただ血を求めるだけの食人鬼(グール)と化すのだ。  レオがセスを見遣った。 「例の子供は?」 「体育館の用具庫の中。きっともう目覚めている」 やり切れない思いにセスはレオから目をそらした。 スワンが労わるようにセスの背に手を添える。 「あの子はレイミーと同じ筈。悪いのはあの子を放り出した親玉(黒幕)だろう?」 猟奇的殺人鬼と成り果てた混血種(ダンピール)を許す気にはなれないが、できれば救ってやりたいともセスは思うのだ。 「セス……」 レオは静かに首を横に振った。
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加