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 直美は憤慨した。工業高校に通う彼氏から、「西高で一番可愛い子って誰?」とラインが来たのだ。私というものがありながら、そんな質問をしてくるとは何事か。無視していると、下校時間になって「友達が聞けってしつこくてさ」と泣き顔スタンプを寄越してきた。「俺の彼女が一番可愛い」とは言えんのか。直美はますます腹が立った。 「じゃあ、赤工で一番かっこいいのは誰なのよ」そう返信した。 「カオルに決まってんじゃん」すぐさま返ってくる。ちっとも腹を立てている様子はない。  直美は金髪の彼を思い浮かべた。赤丸工業高校機械科3年の桜井カオルはえらく美形で有名だった。確か今は大学生と付き合っているんじゃなかったか。それも、ミスコンに出るような。 「ねぇマナ、うちの学校で一番可愛いのって、誰だと思う?」  前の席に座るクラスメイトに問う。振り返った彼女は「え、直美って答えた方がいい?」と冗談ぽく言った。 「本気で考えて。彼氏に聞かれたの」 「げ、なにその彼氏、私だったらキレるんだけど」 「友達に聞かれたんだって」 「にしてもさぁ」  直美は不意に思い出した。そういえば今年、桜井カオルの妹が入学したとかで、ちょっとした騒ぎにならなかったか。 「桜井カオルの妹は?」 「ああー、ないない」  彼女は失笑した。 「いっちゃ悪いけどブスだよ。親が違うんだって」 「そうなんだ」  だからあの騒ぎはすぐに収まったのか。 「一番って言われると難いよね。ずば抜けて可愛い子なんてうちの学校にいないもん。個人的にはミヤビかな? でも男子ウケは悪そう。ってか、なんでそんなこと聞いてきたわけ?」 「さぁ、知らない」 「偏差値40前後の奴らの考えることなんて、ナンパくらいしかないか」 「ちょっと、私の彼氏のこと馬鹿にしないでよ」 「ごめんごめん」  彼女は悪びれる風もなく舌をぺろっと突き出した。「ま、テキトーに答えとけば良いでしょ。それこそ桜井カオルの妹とかさ」  そう言って去っていく彼女の背中に向かって、「それは腹黒」 「でもミヤビって答えるのはやめてね」  隣に杉本慎平(すぎもとしんぺい)が着席した。ハッとする直美に「ごめん、聞いちゃった」と彼は人の良さそうな顔で微笑んだ。直美は耳たぶが赤くなるのを感じた。 「赤工の連中にミヤビが狙われたら嫌だからさ」  慎平はミヤビの彼氏だ。 「狙われたって大丈夫でしょ。慎平くんを超える人なんていないんだから」  直美の初恋でもある。 「どうだかね。ミヤビはAOで時間に余裕があるし、俺はセンターまで勉強しないとだし。そうなると赤工の連中と遊びたくなるのかなって、結構不安なんだよね」  だからさ、と慎平は続けた。 「ミヤビの名前は出さないでね」 「うん」  慎平の背中を見送り、直美は「2組の青木ミヤビ」と送信した。これで二人が破局すればいい。慎平が自分のものにならなくても、ミヤビのものでなくなるなら、それで良い。 「ありがとう! 変なこと聞いてごめんね!」  彼氏からの返信に、直美はちょっと心が痛んだ。
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