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赤工の学生に囲まれている女子高生を見た時、杉本慎平はもしやと嫌な予感がした。俯きがちの彼女は黒髪ロングで、少し震えているようにも見える足はミヤビとよく似ている。
「俺の彼女になんか用?」
割って入り、赤工の学生と向かい合う。しかしチラと背後を見ると、そこにいたのはミヤビではなく別人だった。動揺を抑え、「用があるなら俺が聞くけど」
「彼氏? 本当に?」
背後にいる彼女は学生の問いにコクコクと頷いた。助けを求めるように腕にしがみ付いてくる。
「なんだ、そっか、彼氏持ちかぁ」
一人が残念そうに言い、集団は「なんだよー」と落胆しながら去っていった。坊主だから野球部だろう。不良ではなくて良かったと、慎平は集団の背中を眺めながら安堵した。
振り返ると、黒髪の女子高生はペコっと頭を下げ、タタタッ、と逃げるように公衆トイレへ駆けて行った。慎平は余計に心配になった。他に、彼女がトイレに入っていく様子を見ている者はいないか、つい確認してしまう。公園には高校生カップルがいちゃついているだけで、他にはいないが……
そこへ不良グループがやってきた。全員が髪を脱色し、または茶色に染め、灰色の学生ズボンの上はTシャツや柄シャツとなんでもありだ。
慎平はトイレから彼女が出てくるのを待つことにした。不良に絡まれでもしたら大変だ。
しかし彼女は出てこない。いつから入っていたのか、桜井カオルが現れた。慎平の姿に驚き、気まずそうに目を逸らす。その態度に、慎平は違和感を思った。
カオルは不良グループと合流し、公園を去っていく。慎平はトイレに駆け込んだ。共同トイレには、誰もいなかった。
帰路で直美から連絡があった。「慎平くんに会いたいって赤工生がいるんだけど、今から時間取れる?」というもので、真っ先にカオルの顔が浮かんだ。二つ返事で了承し、近くまで来てくれると言うので自宅近くのコンビニを指定した。
カオルは一人で現れた。カオルは学校指定の白シャツに灰色ズボン、ローファーと、服装は校則をきちんと守っている。ネックレスなどのアクセサリー類もない。
「……よう」
二人は初対面である。慎平は少し考えて、「俺、杉本慎平、はじめまして」と名乗った。カオルはチラと慎平を見て、またすぐに地面に視線を落とした。
「その……さっきのことなんだけど」
しおらしい態度できたか、と慎平は意外に思った。
「大丈夫、別に誰にも言わないよ」
慎平が言うと、カオルはパッと顔を上げた。正面から見る彼の顔は噂通りの美形で、慎平はなぜか脈が速まった。
「影で言いふらすくらいなら、俺に言えよな。金とか、女とか……そういう頼み事なら聞いてやれっから」
カオルはそう言うとプイッと背を向けて歩き出した。慎平は言葉の意味がすぐには分からず、分かった時には猛烈に腹が立った。カオルを追いかけ、肩口をグイと掴む。
「なんだよそれ。俺が人の弱みに付け込んで、何か要求するとでも言いたいのかよ」
カオルはチラとだけ慎平を見て、すぐに視線を落とした。
「俺は人の趣味を馬鹿にしたり、それを口実に脅したりなんかしない」
言うと、カオルの耳がカッと赤くなった。
「趣味なわけがあるかっ!」
手を振り解くように、反動をつけて振り向いた瞬間、カオルはその場に腰をついた。慎平は何事かと驚いた。勝手に倒れて、なんて無様な不良なんだ。
手を貸されるのも嫌だろうと思ったら、向こうから「手、貸せよ」と言ってきた。差し出し、引き上げると、女の子みたいに胸に抱きついてきた。どういうわけかドキドキした。
カオルは顎をしゃくり、コンビニを指した。連れて行け、という意味だと思って、並んで向かう。カオルは腕に絡みついてきて、なるほどこいつはゲイなのか、と慎平は解釈した。途端に焦燥感に駆られる。
カオルが向かったのはATMだった。「おい、まさかお前」言うと、カオルは鋭く慎平を睨んだ。画面を覗くと20万円入っていた。カオルは5万引き出した。
「これで文句ないだろ」
胸に押しつけ、カオルは店外へ出た。もちろん後を追い、肩口を掴む。
「なんだよこの金っ、こんなの受け取れるかよっ」
振り払うように身を捻り、カオルは先を進んだ。追いつき、隣を歩くとまた腕にしがみ付いてきた。離れたいのか、くっつきたいのか、どっちなんだよ。慎平は腕を貸しながら、脱色されたカオルの金髪を見下ろした。頭上だけを見ればひよこみたいで結構かわいい。
「こうやって一度でも金を渡したら、それこそつけ込まれるよ」
そう言って、受け取った金をカオルの手に握らせた。パララッ、と風に舞い、地面に貼りつく。
「あ」
カオルを振り払い、落ちた札を回収する。振り返ると、カオルは地面に腰をついていた。目が合う。カオルは気まずげに視線を逸らすと、「手、貸せよ」と細い声で言った。慎平は体よりも、脳を活発に働かせた。それを見抜いてか、カオルは「余計なこと考えてんじゃねぇよっ!」と声を荒げた。慎平はムッとしたが、何も言わずに手を貸した。
「送ってくよ。家はどこ」
「甲南町」
「とおっ、そっから来たの?」
「お前が指定したんだろ。そこ、バス停までで良い」
カオルは顎をしゃくった。横断歩道を渡った先にバス停がある。「分かった」と言ったそばから、椅子から立ち上がれるのかと訝った。「やっぱり家まで送ってくよ」
「うざい。いい」
ムカついたので何も言わずにバスに乗り込んだ。席は空いていたが、カオルはポールに掴まって座ろうとしない。「座りなよ」と言うと、少し迷った素振りで、本当は座りたいのだなと思って無理矢理手を引っ張って座らせた。慎平が通路側に座る。
「お前、彼女いんの」
不意にカオルが聞いてきた。窓の景色を眺めながら。
「いるよ」
「そう」
会話が途切れ、慎平は不安になった。まさか今のは牽制なのか。秘密をバラしたら、お前の彼女がタダじゃないぞ……というやつ。
「ミヤビに何かしたら」
「ああ、お前の彼女って青木ミヤビなんだ」
心臓が波打った。何も言わないでいると、カオルは続けた。
「お前んとこの学校で一番可愛いって噂の」
「ミヤビに何かしてみろ。女装のこと、バラすからな」
「急にどうした。彼女の話しただけだろ」カオルはチラと慎平の手を見て、「やっぱその金受け取れよ。お前、信用できない」
「俺はミヤビに何かしたらって」
「なんかお前、俺のこと誤解してる。そういうやつは信用できない」
目的地にバスが到着し、「降りろよ」「あと手、貸せ」と指図され、苛立ちながら従った。どこを痛めているのか、力が入らないらしい。
「こっから歩いてすぐだから」
バスを降りると、カオルは慎平の手を離れた。金を返そうとすると、「マジで空気読んで」と言われて思わず止まった。カオルは満足そうに目を細めた。なんだかそれが、空気を読むことへの非難めいたものに思えて、慎平はますます苛立った。しかしその苛立ちも、「でも、ありがとうな」の言葉にかき消され、気づいた時にはカオルの腕を掴んで、「俺にできることがあったら、言って」と口走っていた。
「いや、なんか、困ってそうだし」
そう付け足した。カオルは不思議そうな顔でジッと慎平を見つめ、やがて言った。
「じゃあ、俺の彼氏になれよ」
やはりこいつはゲイなのか。寒いものが背筋を駆け、返す言葉に悩んでいると、
「毎週金曜、俺、あの格好しないといけないからさ。ナンパとかだるいから、一緒にいてくれると助かる」
なんだそういうことか……
安堵を見透かしたように、「お前さ、自分が思ってるほどいいやつじゃないよ」カオルは薄い笑顔で言った。
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