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話を聞いただけで愛司は気分が悪くなった。一体、どんな鬼畜が肛門にカミソリなど入れられるのか。その激痛は想像もできない。被害者は舌を抜かれたみたいに終始無言で、生活安全課の刑事が問いかけても無反応だという。
「でも、どうして俺が」
「優しいにいちゃんなら口を開くかもしれないだろう。さ、行ってこい」
愛司は強引に被害者のいる病院へ行かされた。犯人の名を聞き出す役目だ。それを達成した後は生活安全課に引き継ぎ、この件からは身を引く。
正直、男の性被害というだけで背中がすうっと寒くなる。さっさと終わらせてしまいたい仕事だ。
「あんた、刑事さん?」
病室の手前で白衣の男に声を掛けられた。白髪混じりの中年だ。
「そうですが」
そっとしておいてくれ、とか言われたら面倒だなと愛司は思った。まぁそう言われたら、食い下がらず帰るのみだ。
「ちょっと気になることがあるんですがね」
「なんでしょう」
一応メモを取ろうと手帳を取り出し、ボールペンを構えた。
「もうずっと前に、同じような被害者を診察したことがありまして……その、肛門にカミソリを入れられた少年がいたわけです。少年は男に付き添われて来て『ふざけて自分でやった』なんて言うもんですから、警察沙汰にはしませんでした……でも、またこれでしょう? どうも同じ人間がやったんじゃないかって、私は思うわけです」
愛司はヒヤリとした。前にも同じことが……? それも同じ病院、つまりこの地域での出来事だ。その被害者と接触できれば、犯人がわかる……っ!
「被害者の名前を教えてもらえますか?」
「一応手帳、見せてもらえる? 個人情報だからね」
「ああ、はい」
愛司は携帯していた警察手帳を男に見せた。その瞬間、男の顔色がサッと変わり、幽霊にでも出くわしたような表情で、愛司をジッと見つめた。
「あの、被害者の名前を……」
男は怪訝な表情で、「きみ、忘れたのか」
愛司は首を傾げた。そこでやっと、ある可能性が頭をもたげ、血の気が引いた。男の口を塞がなければ、と本能的に思った。だがもう遅い。
「室井愛司……8年前に私が診察したのは、きみじゃないか」
身体を流れる血液が一挙に震えた。俺? 心臓がドクドクと波打つ。男の言葉を思い出し、ハッと詰め寄った。
「付き添いの男の名はっ!」
男は、なんでそんなことを聞くんだとばかりに眉根を寄せた。
「早く答えろっ!」
「紅林啓……それも忘れたのか」
「紅林……啓」
誰だそいつ
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