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 出勤するなり、異様な視線を向けられ、愛司は違和感を覚えた。何かあったんですか? と聞きたいが、なんとなく躊躇うのは、原因が自分であるような気がしたからだ。いつもは真っ先に声を掛けてくる後輩の北村も、今日はよそよそしい。  我慢できずに北村を呼び止め、飲みに行こうと誘った。それだけで北村は頬を引き攣らせ、「いやぁ、ちょっと」と言葉を濁した。 「……中島ヒロトが、何か言ったのか」  声が震えた。そうだとしたら、一体何を。一体、この署でどんな噂が流れている? それがどうして俺のところまで届かない? 嫌な妄想ばかりが膨らんだ。何も触っていないのに、肛門が疼いた。 「中島ヒロトとも、やったんすか」  直接的な言葉にカッと顔が熱くなった。北村の目はいやらしく笑っている。自分が記憶喪失だと、北村は知らない。きっと北村は自分よりも知っている。この署の人間全員、俺の知らない俺のことを知っている! 「な、何を聞いた?」 「別に聞いたわけじゃ」  北村はやれやれ、と嘲るように笑った。 「教えてくれっ、気になるだろうっ!」 「教えてって言われても」  昨日までと全く態度が違う。その変わりように愛司は困惑した。沈黙が流れ、そうしている間に北村が上司に呼ばれ、愛司は一人取り残された。  深夜2時。3時間の仮眠が許されたが、布団に入っても愛司は眠れなかった。体はクタクタだし、非番は稽古に駆り出されるから休息は必須なのに、どうしても頭が冴えてしまう。何度も寝返りを打っていると、人の気配が近づいてきた。署の仮眠室は六畳間の和室で、時間差で誰かが来るのは珍しいことではない。なのに体が強張った。体を起こそうとした瞬間、胸の上に何かがのし掛かった。なんだっ……次の瞬間、両手首、足首を押さえつけられ、それだけで複数人が自分に集まっていると分かってゾッとした。暗闇に慣れきった目が、パチンと蛍光灯の灯りに照らされて眩んだ。自分の上に乗っていたのはパトカー勤務の先輩で、周りには警察学校を卒業したばかりの新人が二人いた。名前は知らない。笑っているのは先輩だけで、新人は怯えたような表情だ。顔を上げ、頭上で両手首を掴んでいる者を見ると、これもパトカー勤務の先輩だった。ここの署のパトカー勤務員は、あまり素行がよくないと評判だ。愛司は何度も夜の店に誘われたが、結婚しているからと断っていた。 「あの……俺……眠くて」  そんな言葉しか出てこなかった。 「は、離してください」 「おい、ズボン脱がせ」  先輩が言い、新人がサッと目を伏せ、愛司の足を揃えてズボンを脱がした。抵抗したが、手首をグイッと捻られ、それどころではなくなった。先輩は逮捕術の強化選手だ。 「やめてくださいっ……!」  気乗りしていない新人を見やるが、二人とも気まずげに目を逸らした。つぷ、と肛門に何か冷たいものがあてがわれ、総毛立った。夢中で首を振り、身をよじる。 「田所さん、本当にこれ、入れるんですか……」 「いいから入れろって」 「でも……」  固くて、冷たい。そして蕾よりも大きい。 「大丈夫、こいつ、それよりデカイの入れてるから」  何を……言っているんだ。 「やめろ……やめろっ……!」  もがき、新人の一人を蹴り付けた。胸に乗る先輩がくるりと背を向けたかと思うと、瞬間、冷たい鉄が内臓を抉った。 「い、ひっ!」  細胞がバタバタと振動した。苦しくて胸で息をするが、そこには巨体が乗っている。先輩は鉄を高速で抜き差しし、そこはたちまち火を吹くように熱くなった。痛みが脳天まで這い上がる。  新人二人の顔はみるみるうちに青くなった。脊髄を引っ張られているような、触れてはいけないものを無理やり引っこ抜こうとしているような激痛に愛司は顔を歪めた。 「お前、生意気なんだよ。付き合い悪いし、機動隊にも行かないで刑事課配属なんて」 「でもまさか、あんな動画撮られてたなんてな」 「よく顔出せるよなぁ」  痛みに頭が朦朧とし、男たちの言葉が届かない。ずるっと腸が引っこ抜かれたかと思ったら、ボトっと警棒が視界の隅に転がった。半分がテラテラと血で赤い。あれが入っていたのか、と理解すると同時に悪寒がした。唇がワナワナと震え出す。 「や……あ」  またつぷり、と肛門に何かが入った。今度は冷たくて固くて、小さい…… 「やめてくださ……やっ、嫌だっ!」 「当ててみ。何入れられてんの」  目尻から涙が溢れた。どうしてこんなことになっているのか、さっぱりわからない。もう出勤できない。稽古にも顔を出せない。やめる。こんな職場、とてもいられない…… 「ひっ……」  また何かが入った。 「言えって」  頭を叩かれた。 「じゅ、銃弾……」  ズブ、ズブ、ズブ、と続けて三つ入れられた。「装填完了」とキッパリとした声が落ちる。 「拳銃の安全規則、一つ」  首を振って拒んだ。そもそも覚えていない。銃弾が肛門に5つ入っている。それで頭がいっぱいで、他には何も考えられない。恐怖でダラダラと涙が溢れ、嗚咽した。 「言えって」 「わ、わかりませっ……ん」 「わ、わかりませんっ、だって」  へへへっ、と先輩二人が笑った。新人二人は顔色がない。先輩らは愛司にスマホを向け、何枚か写真を撮ると満足し、去っていった。 「む、室井先輩……」 「君たちも……行ってくれ」  目を合わせないようにして言い、布団を顔まで被った。肛門の中には5つの銃弾……休憩が終わるまでに出さなければ。どうやって? 考えただけでゾッとし、吐き気がした。 「あのう……」 「俺のことは良いから、行ってくれ……っ」 「その……さっき、中に入れたの……その、銃弾じゃなくて」 「電池……です」  ギョッと布団の中で目を剥いた。電池……そうだったのか。でも、結局は自力で出すしかないじゃないか。それでも銃弾よりはマシだなと思ってしまう自分に、愛司は余計に惨めになった。
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