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寝られず、休憩のほとんどを便所で過ごした。自然に3つ降りてきて、ポトンと単三電池が3つ便器に落ちた。血が絡まっていて、金魚のようだった。たまらず便器に飛びつき、吐いた。そうしているうちにまた電池が降りてきた気配があり、便座に座った。ポトン、と若干間抜けな音に、屈辱で涙が溢れた。そして自分らしくない柔弱な精神が、助けを求めるようにスマホを操作した。
直美……慰めてほしい。いつも優しく自分の弱音を受け止めてくれた大好きな人。直美……でも直美に心配かけたくない。指先が、メモに記した紅林啓の電話番号を見つけ出す。なぜかそれを発信した。他人だから。直美よりも気を使わなくて済む。きっとそれだけの理由……なのに出てくれることを強く望んでいる。
『もしもし?』
落ち着いた低い声に、心根がピクリと反応した。何も思い出せてないのに、精神の深いところが持っていかれるような感覚。切られる前に何か言わなければ……でも声が出ない。
『……愛司くん?』
どうしてわかる
『愛司くんだね? どうしたの? 何かあった?』
優しく包み込むような声が、次第に切迫していく。
『今どこにいるの? 一人? 大丈夫? 愛司くんっ?』
「あ……」
『愛司くんっ!』
「おーい、ちゃんと出したかー?」
先輩の声に、慌てて通話を切った。返事をしないでいると、ガンッ、とドアを蹴られた。
「流すんじゃねぇぞ。水に流れるティッシュじゃねぇんだから」
便器の中は血と嘔吐。
「返事っ!」
ポロロロロロン……着信音が鳴った。それも急いで切った。
「……はい」
「後で持ってこいよ」
ハハハッ、と笑いながら、先輩は去っていった。愛司は便器に手を突っ込み、電池を2つ鷲掴むと、衝動的に床に叩きつけた。
汚いままの手でレバーを捻り、汚物を流す。洗い場で熱心に手を洗った後は、まだ数時間の勤務が残っていたが、駐車場へ駆けていた。紅林啓の自宅を目指すことに、何の迷いも、抵抗もなかった。
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