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なかなかタイミングが合わず、2週間ぶりに会ったカオルは驚くほど顔色が悪く、やつれていた。
「カオルっ……具合悪いのかっ?」
駆け寄ると、甘えるように肩にもたれ掛かってきた。警察官のカオルは黒髪で、前よりも逞しくなったが、それでも会社員の慎平の方が体格はいい。
「熱はないな……でも体調悪いだろ。無理しなくても、言ってくれたら家まで行ったのに」
カオルはブルブルと首を振った。
「俺んち……官舎だから」
「看病くらい良いだろ。今日は帰ろう。宅配でも頼んでのんびり過ごそう、な?」
「やだ……家はやだ……」
駄々っ子のように首を振り、腕にしがみ付いてくる。
「でも……」
「慎平ん家がいい。行こう。早く……俺、今日楽しみにしてたんだぜ」
水分量の多い目に見つめられ、仕方なく自宅へと車を走らせた。けれど県内とはいえ、慎平の家はここから1時間もかかる。助手席ではカオルがエアコンの向きを何度も変えている。
「寒い?」
「わかんない。寒いし、でも、なんか暑い」
時刻は20時。病院は行けないから、途中でドラッグストアに寄ろう。
「……仕事、大変?」
ギョッとこちらを向くカオルに、妙だなと思う。体調を崩す原因は、それくらいしかないと思って、何気なく聞いたのだが。
「あ……まぁ、大変だけど……」
「カオル?」
顔が赤い。気まずげなその瞳は一体……
「そうだ、室井くんはどう?」
「えっ? ああ……あいつ、やめたよ」
「そうなの? いつ?」
「えっと……まぁ、最近」
なんだか胸がざわついた。カオルの荒い呼吸が車内に響く。
交差点が近づいてきて、バイパスに続くレーンを逸れて、ウィンカーを出した。
「やっぱり帰ろう。カオルの官舎に」
「なんでっ! 嫌だっ! 絶対嫌だっ!」
元のルートに戻ると、カオルはホッと安堵の息を漏らした。
「室井くんって、何が原因でやめたの?」
「……知らない。あいつとは、あんまり関わってないから」
嘘だ。カオルはその原因を知っている。
「なぁ……あっち、ホテル街だろ。今日はホテルでしよう。そんで、明日の朝お前ん家行って、それから……9時ぐらいに帰る」
「嫌な人がいる官舎に?」
「なんだよ。もしかしてカマかけてんの?」
そういうカオルの声は怯えるように小さい。
「なぁカオル」
「せっかく久しぶりに会えたんだろ! ごちゃごちゃ言ってないで早く俺をホテルに連れ込めよっ!」
ハンドルを切り、住宅街を抜けた先のホテル街に入った。それからは無言で、車内は険悪な空気に包まれた。このままホテルに入ったって……そう思っていると、ソロリと太ももを撫でられた。見ると、辛そうなカオルと目が合った。
「俺……楽しみにしてたんだからな」
恨みがましく言われ、萎えたペニスをぎゅっと握られた。この瞬間慎平は、カオルが他の男に抱かれているような、恐ろしい可能性を思ってしまった。
ホテルに入るなり、カオルに手を引かれ、ベッドに倒れた。積極的な恋人の姿に、興奮とは逆に不安が募る。
「カオル……」
「慎平っ……俺っ……俺っ」
身を起こし、しゃくりあげるカオルを抱きしめた。
「カオル……一体、何が……」
「…………いから」
小さくて聞き取れない。腕の中の体は、細く頼りない。そして小刻みに震え、驚くほど熱い。
「俺はやめないから」
仕事のことだろうか。やはり職場で何かがあったのだ。その職場は室井愛司を退職に追いやり、カオルをここまで追い詰めた。そんな仕事、辞めてしまえばいいと思う。そもそもカオルが警察官になったのはただのノリで、そんなに深い理由はない。もちろん頑張りたいと思う気持ちもわかる。せっかく勉強して、警察学校を卒業して、仕事にも慣れてきた頃なのだから。だが愛司はそれを手放した。彼がいられなくなるほどの苦痛とは何か。いじめや……それよりひどい仕打ちなら……
「カオル……俺はっ」
辞めさせたい。今すぐにっ……生活なら俺が支える。辞めたことを後悔しないくらい幸せにする。だから無理しないで欲しい。
「……慎平のおかげだから」
カオルは甘えるように、肩口に顎を乗せ、言った。
「俺が受かったのは、慎平のおかげだから……だからやめない」
「……っ」
彼はその言葉が恋人を傷つけるなどとは思いもしないで、誇らしげに、「やめるもんか」
慎平は首を横に振った。乱れた感情が胸をぎゅうぎゅうと締め付け、言葉が出てこない。俺のせいだ。全部俺が悪いのだ。受験勉強に力を入れたせいでカオルは警察採用試験に合格し、酷い仕打ちを受けている。そしてそこから逃げようとしない。
「カオルっ! お前が頑張ったからじゃないかっ……好きにすればいいんだよ。嫌なら辞めればいいっ……いや、辞めてくれ……こんなにボロボロになるくらいならっ」
「でも慎平がいなかったら……受かってなかった」
たまらず強く抱きしめ、唇で唇を塞いだ。強情な男はか細い手で慎平のペニスを握り、上下に扱いた。
「慎平っ……」
呼吸の合間に目が合い、カオルの両目からだらだらと涙が溢れた。
「お前のおかげなんだ……なのに辞めたら、お前は……俺に幻滅するんじゃないのか」
「するわけないだろう!」
声が裏返った。バカだ。カオルも俺も、お互いを思っているのに、それが上手く噛み合わない。
カオルはおもむろに腰を上げ、勃起したペニスの上にまたがると、両手を慎平の背中に絡めたまま、一息に貫いた。
「うっ……んっ」
「カオルっ……痛くないかっ」
「……たいに、決まってんだろっ」
睨まれるが、慎平にはどうしようもない。主導権を握っているのは上にいるカオルだ。ふと視線を落とすと、繋がった場所が赤く滲んでいた。
「血がっ……」
「どうでもいい」
カオルはゆっくりと腰を上げ、落とすを繰り返した。その度に目尻に涙を溜め、喘いだ。
「しんぺいっ……あっ」
赤い泣き顔、切れた秘部、見ないうちに随分と痩せた体……
こんなことしている場合ではないと理性が訴えるのに、心底の本能のような部分が灼けるように自我を持ち、細いカオルを、乱暴に押し倒した。
「あぁっ……くうっ」
繋がった部分からはだらだらと血が垂れ、カオルの身体はピストンの毎にふわりと浮いた。綺麗な顔は涙でぐしゃぐしゃに歪み、呼吸もままならない唇からは、自分の名前が絞り出される。そんなカオルが愛しくて仕方がない。
「カオルっ……」
動きを止め、顔の横に手をついてカオルを見下ろす。
「俺以外の男に……もう触れさせないでくれ……っ」
気づかれてないとでも思っていたのか、カオルの顔が引き攣った。
「違う……俺はっ……」
「わかってる。無理矢理されたんだろう。わかるさ、そのくらい……」
カオルの頬に涙が落ちて、カオルの瞳が驚きに揺らいだ。
「カオル……誰にも触れさせたくないんだ。傷つけたくないんだ……っ」
昂って、激しく腰を打ちつけた。言葉と真逆の行為に我ながら最低だと思った。けれど止まらない。湧き上がる破壊欲に抗えない。カオルの、嬌声とは程遠い叫び声が部屋に響く。首をぶるぶると横へ振り、必死に何かを懇願している。声はなくても、止めてくれと訴えているのだと容易に想像できた。シーツは血で染まっていく。
「ひっ……んあああっ」
「カオルっ……カオルっ!」
取り憑かれたように繰り返しながら、何度も何度も腰を打ちつけ、ボロボロになるまで犯した。気を失ったカオルのそこからペニスを抜き出した時、白濁した欲望と血がポタポタとシーツに落ちてやっと、慎平は我に帰った。
「カオル……」
肩を掴むと、うっすらと瞼を開け、力のない目がこちらを見た。
「カオルっ……ごめんっ……俺っ、ひどいことを……」
カオルは鼻で笑い、ケホケホと咳き込んだ。
「カオル……っ」
「そんなの、知ってる」
呼吸は荒く、顔は赤く、尋常じゃない汗をかいている。
「みんなに優しいやつは、本当は冷たいんだって……俺、知ってる。だから俺、お前が俺のこと好きなのか、わからなかった……」
カオルはケホケホと咳き込み、痛みに耐えるように瞼を固く閉じた。
「……痛えんだけど」
「ごめんっ……カオルっ……」
「お前、俺のこと好きすぎるだろ」
何も言えないでいると、薄く目を開け、「違うのかよ」と睨まれた。
「違わない。好きに決まってる……好きすぎて……抑えられなった」
言うと、カオルは満足したように、形のいい唇で薄く笑った。
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