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②スイカ
僕が黙っていれば、聞かなかったことになる。
「なんで一緒に踊らなきゃならないの?あんな下手くそと。」
どんぐりの背比べだと、頭に浮かんでこようと口には出してはいけない。そうしていれば僕の自由だ。
僕の教科書に真希さんが目を落とす。
「勉強?」
「はい。」
「やったって意味ない。」
「それを決めるのは…」
「僕ですっていうわけ?あんたが決めることなんか何一つない!!借金の肩代わりなんだから!」
教科書を投げつけられて、蹴られる。その脚は踊りをするためのものであって暴力をするためのものではないはずだけど。
「勉強は嫌いではない趣味の一つです。太鼓より僕に寄り添ってくれる気がします。」
「知らない!!」
真希さんが僕の部屋を出ていく。
僕は一体何をやっているんだろう。
このところ頭がモヤモヤしている。…ずっと。自分のことを考えないようにして来たつもりが、考えなくてはいけないような気がして。
夕飯は、僕は1人。自分の部屋で学校の勉強をしながら食べる。料理は味がするのかしないのかわからない。
「悠太なんか、嫌い。」
噛まれた頬を撫でる。少し腫れていて、もしかしたら唾液の匂いがするのかと、撫でた方の手の匂いを嗅いだけどわからなかった。
…唇が当たればキスだったな。
思春期の嫌な妄想。真希さんに気持ち悪がられたらこの家から、出ていけるんだろうか。塩もみきゅうりを口に入れて咀嚼する。
「美味しくない。しょっぱい。お母さんの方が上手だ。お母さんのが食べたい。お母さんに会いたい。お母さん元気かな。ちゃんと生きてるかな。」
口に出すと涙が流れて来て、僕は所謂マザコンだと自覚する。
「先生も奥さんも、聡美さんも真希さんも。」
大嫌いだ。大っ嫌い!
「みんな優しいですよ、心配しないでください。」
嘘を声に出して、よくしてもらってるって、思い込みながら、べちゃべちゃの白米を口に入れる。
「開けるよ、悠太。」
襖を開けて入って来たのは聡美さんだった。
「スイカ、持って行けってお父さんが。」
そんなことを言って持ってくるのは、甘くない端っこの方。どうしてそんな意地悪をするのか、聞いてみたいのだけど、聞いたことがない。ろくな食べ物がない。この家は。
「ありがとうございます。」
「ねえ、真希と何話してたの?」
「……いえ、特には。」
「うそ。」
「え?」
「真希にキスされてた。」
噛みつかれたんです、とは言えなかった。僕はしばらく黙って、スイカにかじりついた。
「真希のこと、好き?」
種を静かに口から出して。もう一口。
「ね?どうなの?」
かじるスイカはきゅうりと同じ味。塩の役割が成り立たない。
「黙ってないでさ。どうなの?」
ボソボソと崩れる果肉と一緒に種まで飲み込んでしまった。
「……血が…つながっています。」
「うざ。」
スイカの赤い部分は全て食べ切って、皮だけを残した。
「聡美さんが、僕にそれを聞く理由はなんですか?」
「真希が嫌いなの。私。」
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