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「ここがいいかな」
レーダーがピコピコ鳴るのを確認したリラに僕もうなずく。
だいぶ地形は変わったはずだけど旧地図の通り、まだここには生きている川があった。ジョウドに降りたら、何よりもまず水場を確保しなければならない。上人に何度も言われたことだ。もちろん僕ら自身も、これからの僕らにとって水が命綱であることはわかっている。
上人からもらった薬剤入りの試験管に水を汲むと、薬が融けて青い溶液になった。
「OKね」
ほっとしたようにリラが言う。
詳しい仕組みはわからないが、この白い粉薬が青く反応すれば、その水は人体に害がないということになる。
これで一番最初のミッションはクリアだ。それはさらに困難なミッションの引き金でもあるけれど、とりあえず僕らは胸をなでおろす。
ジョウドは僕らの故郷である。といっても、それは観念的な話で、僕はおろか、船でいちばんの年寄りだってここに来たことはない。リラにしても同じだ。人間に放棄された母なるジョウドは故郷であると同時に、誰も訪れたことのない未知の世界になってしまった。
はるか昔、ジョウドでは戦争が起きた。
教科書によると、その頃のジョウドにはたくさんの国というものがあった。国とは、陸や海でつながっているだけの存在ではなく、経済や産業でもお互いに作用しあうのだという。
人間がジョウドを去る要因となったその戦争も、はじめは隣り合う二つの国同士の諍いだったらしい。それがやがて世界中に伝播していった。
破壊。殺戮。混乱。貧困。飢饉。疫病。腐敗。暴動。
戦地が何千万キロ離れていても、ミサイルなんてかけらも飛んでこなくても、国同士の作用でたくさんの人が追いつめられた。
結果、自暴自棄になった各国の指導者たちは後の僕らが「汚い戦争」と呼ぶ通り、あらゆる兵器を使って住めなくなるほどジョウドを破壊した。国という枠組みも消えた。それはつまり、どの国も人口が減りすぎて国家を名乗れるほどの力がなくなった、ということである。
それ以来、人間は汚染された大地を捨て、「船」と呼ばれる移動式シェルターの中でわずかに生存してきた。
わずか、といってもそれはあくまで教科書の言葉で、実際に暮らしている分には大勢の人がいるように僕は感じる。船の中にできた町には、学校も会社もある。図書館もお店もある。本物の川はないけど、水は張り巡らされた管の中を循環していて、作物を育てる畑も田んぼもプールもある。僕がいた船の「親鸞」には1000人ぐらいがいたし、リラの出身である「鑑真」はもっと大規模で、5000人以上が暮らしていたそうだ。この辺りだけでもこうなんだから、世界を見渡せばもっとたくさんの人類がいるんじゃないのだろうか。
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