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「いらっしゃい、何をお探しかな?」
道具屋の扉を開けるとチリリとベルが鳴り、店の奥から声がかかる。
カナは無言で店内を進み、あまり整理されているとは言い切れない商品の中から、お目当てのインク壺を見つけた。
「それはヒビが入った不良品だよ、それでも良ければ半銅貨一枚だ」
カナはどこからともなく銅貨を取り出し、スッと店主の前に置くと、そのまま踵を返した。
「あんた、釣り銭忘れてるよ!」
呼び止める声にカナは振り向かず静かに首を振る。店を出るベルの音が、カナの背中を見送った。
馬車を乗り継いで、どうにか辿り着いた国境近くの森の中。
カナは歩いて歩いてなんとか目当ての小屋を見つけた。蔦に覆われた外壁と屋根、今にも壊れそうな扉。
それでもカナはにっこりと微笑んで、先ほど買った空のインク壺の中から赤銅色の鍵を取り出すと、鍵穴に差し込む。
カチリと小さな音がして、扉が開いた。
埃っぽい室内の空気を胸いっぱいに吸い込んで、それからカナはベールを脱ぎ捨てた。
「やっっっっっと出てこれた~~~!」
肺の中の空気を全部吐き出す勢いで声を絞り出す。
カナは久しぶりに聞く自分の声が、記憶の中のものとは違いヘロヘロで思わず笑ってしまう。
「声帯だって筋肉だもんね、使わなかったら衰えもするか……」
「しばらく僕とおしゃべりしてたら、声もすぐに戻るよ」
急に耳元で声がして、カナはびくりと肩を震わせる。
「いきなり現れないでよ、びっくりした!」
振り返ると、至近距離に翠の瞳。
そこには白金の髪を揺らし、いたずらが成功した事に嬉しそうに笑う少女の姿。
先ほど『新たな聖女』として城に迎え入れられた筈の彼女がそこに居た。
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