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◇◆◇◆
引っ越しは無事終わり、あの腕時計は気味が悪くて破棄した。
その後は謎の音に悩まされることもなく、奇妙な現象も起きなくなっていった。
ホームレスに侵入された経験を踏まえて、引っ越して以来戸締りは入念にチェックする癖をつけた。
明里の部屋に居候している間、借りたシャンプーや化粧品の分を、感謝の気持ちを込めて食事をおごったりして、私の周りは平穏になった。
謎の音のことも思い出すことが少なくなった春先のこと――。
春休みだからと、昼に起きて、何気なくテレビをつけた。
ついた番組は地方の情報番組で、異臭騒ぎの報道がされているところだった。
「…あれ?」
テレビに映っている建物は、とても見覚えがあった。
私が前に住んでいたアパートだった。
「こちらのアパートの1階で、異臭騒ぎがあり――」
1階?私が住んでいた部屋が頭を過ぎる。
私が住んでいたのも、1階だったからだ。
報道によると、暫く空き部屋になっていた部屋から異臭がするのを、近隣住人が通報したらしい。
警察が駆けつけ、部屋の中を調査したところ、お風呂の点検口から死後数ヶ月の遺体が発見されたのだという。
身元を確認できるものがなく、身元は不明らしい。
ただ、身なりから推測するに、ホームレスが暖を取るために空き部屋に侵入したようだと報道されていた。
紛れもなく、私が住んでいた部屋だった。
報道では、ホームレスが侵入したのは部屋が空いてからと言われているけど、きっと違う。
ふと脳裏を過ぎったのは、康平と冬服を取りに部屋に戻った日のことだ。
お風呂場の扉を開けた時、点検口の隙間が大きく見えたことを思い出す。
あれはやっぱり、気のせいじゃなかったのだろう。
冷蔵庫に入れていたおつまみが減っていたのも。
あの部屋を早々に引っ越してよかった。
もしあの時、引っ越さないことを選んでいたら?
不気味さや違和感を覚えず、あの部屋に留まっていたら――
いや、もしもホームレスを見つけた日、明里がベッドの下から出てきた手に気づかなかったら?
――ねぇ!買い忘れがあった!
あの時の、明里の起点には感謝しかない。
Fin
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