10725人が本棚に入れています
本棚に追加
ミュンスターホテルに着くと、最上階にあるバーラウンジへ足を運ぶ。
全面ガラス張りで天井の高い開放感のある落ち着いたスタイリッシュな空間だ。
すっかり日は暮れていて、夜のムーディーな雰囲気が漂っている。
店内に入り、キョロキョロと柊ちゃんを探すと、テラスのテーブル席に一人で座っているのが視界に入った。
近寄ってきた店員さんに待合せの旨を伝え、柊ちゃんのもとに近寄った。
「お待たせしました」
「莉子。良かった、本当に来てくれた。来ないかもしれないなって少し思ってた」
「そんな失礼なことはしません」
そう言いながら、柊ちゃんの向かいの席に腰をかける。
柊ちゃんは目を細め、なぜか眩しそうに私を見た。
「仕事終わりならお腹空いてる?何か食べる?軽食ならあるよ」
「軽食食べたいです」
「サンドウィッチか、パスタか、前菜盛り合わせ、どれがいい?」
「サンドウィッチで」
答えながら、昔も食事の時いつも柊ちゃんはこういう尋ね方をしてくれていたなとふと思い出す。
柊ちゃんは店員さんにサンドウィッチを注文してくれている。
ピクルスが入っていたら抜いて欲しいと伝えているのが聞こえて、彼が私の苦手なものまで覚えていることに驚いた。
「なんで、ピクルス……?」
「嫌いだっただろ」
「そんなことまで覚えてるの……?」
「莉子のことならなんでも覚えてる」
なんでもないことのようにサラッと言われて全身が凍りつく。
……そんな言い方ズルイ。裏切ったのも、振ったのもそっちのくせに。
動揺が顔に出てしまいそうで私は思わず顔を背けた。
そんな私の様子には気付かなかったようで、柊ちゃんは言葉を続ける。
「飲み物はどうする?莉子はお酒飲める?」
「飲めます。カクテルにします」
お酒は強くはないが、そこそこ飲める方だ。
正直、この状況は飲まなきゃ正気でいられない。
私はこのお店のおすすめだという、ウォッカベースにゆずの爽やかな香りが広がる、すっきりとしたカクテルを注文することにした。
柊ちゃんはスコッチウイスキーを注文するようだ。
考えてみれば、付き合っていた頃は私が未成年だったから、柊ちゃんとお酒を飲むのは初めてだった。
オーダーした飲み物が手元に来て、グラスを合わせて乾杯をし、それぞれ口をつけた頃、柊ちゃんも同じことを思ったようだ。
「莉子とお酒飲むなんて初めてだな」
「そうですね」
「この前も思ったけど、そういうオフィス仕様の格好を見るのも新鮮。莉子が想像以上にキレイになってるから驚いた」
「もう制服ではないだけです」
「確かにね。もう犯罪的だなんて思わない」
「犯罪でもなんでもないですから」
「大人になったな」
「大人になりました」
サンドウィッチをつまみ、お酒を飲みながらポツリポツリと会話をする。
今こうして柊ちゃんとこんな大人の雰囲気のバーラウンジでお酒を飲んでいるのがなんだか不思議な気分だった。
BARを舞台にした恋愛小説の影響で、好きな人とお酒を飲むことに憧れていたあの頃の私が知ったらきっと喜ぶだろうなと思う。
最初のコメントを投稿しよう!