#8. 裏切りと別れ《過去》

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卒業式まであと5日。 ここ最近、年度末だからということもあるのか、柊ちゃんはとても忙しそうだ。 平日の帰宅も夜遅いらしくコンビニに立ち寄ることもなく、土日もなかなか都合が合わず会えていなかった。 だけど、まもなく卒業だという事実が気持ちを高揚させ、私は大して気にしていなかった。 それが綻びだったことに当時の私はまったく気づいていなかったのだ。 この日は土曜日で、私は昼間のシフトでコンビニのバイトに入っていた。 朝から夕方まで働き、午後5時くらいに制服から私服に着替えてコンビニをあとにする。 帰宅しようとお店を出ると、出たところで「すみません」と急に声をかけられた。 声をかけてきたのは女性だった。 20代半ばくらいの上品な雰囲気の大人の女性だ。 そういえばさっき店内にいたかもとふと思い出す。 ただ声をかけられる心当たりがなく、私は立ち止まり首を傾げた。 「あなたが莉子さん?」 「えっ。どうして私の名前……?」 「柊二の彼女だと思っているのでしょう?私、彼の婚約者なの」 「え……」 予想外の言葉に私はその場で凍りつき、絶句する。 女性は私を見定めるように頭のてっぺんから爪先までゆっくりと視線を這わせ、言葉を続けた。 「ここで立ち話もなんだから、少しお時間頂ける?近くの喫茶店に入りましょう?」 そう促され、衝撃で言葉が出てこない私はコクリと頷き、彼女の後に続いた。 喫茶店に入ると彼女が手早く飲み物をオーダーし、私たちは向かい合って座る。 まだ衝撃から立ち直れない私は、ただただ座ってボンヤリと彼女を見やった。 「私は1年半くらい前から柊二と婚約してるの」 「…………」 1年半前って私と付き合う前からだ。 つまり私が浮気相手で柊ちゃんはずっと二股していたということだろうか。 「まさか高校生と浮気しているなんてね。若い子とちょっと遊びたくなったのかしら」 「………」 「単刀直入に言うと、彼とは別れて欲しいの。浮気されたけれど私は許すつもり。だから、あなたさえいなくなってくれれば良いのよ」 私の頭は考えることを拒否していて、もう正常に働かない。 彼女の言葉をただ黙って聞くしかできなかった。 「ちなみに彼に抱かれたりなんてしていないわよね?別れた後に妊娠していたことが分かったなんてことがあったら困るのよ」 「……妊娠はしてません」 優雅な所作でコーヒーを飲みながら鋭く見据えられ、その視線から逃れられず私は絞り出すように答えた。 妊娠なんてしているはずもなかった。 そんな行為をしたことがないのだから。 「良かったわ。柊二もさすがに高校生に手は出さなかったのね。ねぇ、知っている?彼ってベッドの上でも優しくって、甘く淫らな極上の幸せを与えてくれるのよ?」 「……っ」 「ふふっ、高校生にはまだ早かったかしら。ごめんなさいね?」 彼女の一言一言が胸に刺さる。 思わずベッドの上で絡み合う2人を想像してしまい胸が張り裂けそうになった。
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