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「ところで、莉子さんはこのこともちゃんと知っているかしら?婚約者の浮気でも慰謝料を請求することができるって。もちろん私は柊二とこれからも続けていくつもりだから、彼を訴えたりはしないけど、あなたは別よ?」
「………」
「柊二と別れてちょうだい。あと、私がこうしてあなたに会いに来たことは彼には黙っておいてね。彼との今後を考えると穏便にしておきたいから」
彼女は相変わらず上品にコーヒーを飲みながら私を見る。
声を荒げることはなく、口角にうっすら笑みすら浮かべて必要なことを述べていく。
その落ち着きは大人の女性そのもので、柊ちゃんになんでも頼って甘えているだけの私とは全然違う。
私なんて柊ちゃんにとって本当にただの気まぐれのお遊びだったのだろうと思わずにはいられなかった。
気付けばいつの間にか話は終わっていて彼女は目の前からいなくなっていた。
私は結局まともに言葉を発することもできず、ただ放心することしかできなかったのだ。
ふとテーブルを見ると、彼女が置いていったのであろう1,000円札がのっていた。
こういうところも大人の女性だ。
なにもかもが子供の私とは違っていることに打ちのめされる。
つまりはそういうことだ。
私は柊ちゃんのことが大好きだったけど、彼にはちゃんと本命の女性が他にいたのだ。
言ってくれたこと、してくれたことに嘘はなかったのかもしれないが、でもあくまで私は浮気相手だった。
……あぁ、だからエッチしてくれなかったのかな。たかが浮気相手の高校生だとリスクがあるから。それに本命彼女がいたのなら別に不自由もしてないわけだもんね……。
あの大事にしたいという言葉はきっと言い訳だったのだろう。
ずっと一緒にいたいと願う私の想いに応えてくれたのも、ただの成り行きで、本当は端からそんな気はなかったのだと悟った。
私はそのまま喫茶店でひとしきり放心し、女性が置いていったお金でお会計をすると、家に帰って部屋に引きこもった。
不思議なことに悲しみより驚きが優って、涙は一滴も出てこなかった。
ーー翌日の日曜日。
柊ちゃんから話があるとメールが来て、私は彼と会うために家を出る。
待ち合わせ場所は、前に一度一緒に行ったことのあるカフェだった。
昨日の今日ということもあり、柊ちゃんからの話は大体予想がつく。
「突然に感じるかもしれないけど……俺と別れてほしい………」
向かい合った席で、苦渋の決断をするような表情を浮かべながら柊ちゃんが発したその言葉。
それは、思った通りのものだった。
「………分かった」
私は理由も聞かず、それを受け入れる。
だって聞かなくても分かりきっていたから。
本音を言えば、柊ちゃんの口からその事実を聞くのは耐えられそうもなかった。
私の淡々とした態度とは反対に、柊ちゃんの方はとても苦しそうでつらそうな表情だ。
そのことに違和感を感じながら、私は席を立ち上がる。
「話は終わりだよね。今までありがとう。バイバイ!」
幸せになってねとは言えず、せめてもの強がりで感謝の言葉を贈った。
せめて終わりくらいは甘ったれの私じゃなくて、あの女性のように大人な私でいたかった。
その後は一切彼を見ず、カフェを出た。
この時が柊ちゃんを見た最後だった。
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