#9. 元カレの来襲

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「……広告代理店主催のセミナーで当施設にお越し頂いた時のことですね。その節はお時間の都合でゆっくり施設についてご説明できず大変失礼いたしました。本日はしっかりご説明させて頂きます」 誤解されそうな雰囲気を察し、私はあえて丁寧に状況を言葉にする。 先日お会いしたというのはセミナーで、ゆっくり話せなかったというのは、施設説明の時間が足りなかったという事だと明言したのだ。 周囲の人から「なんだそういうことか」という表情が浮かびホッとする。 ただ、柊ちゃんが先日のバーラウンジでのことを匂わせて発言していることは薄々感じていた。 ゆっくり話さず私は帰ってしまったし、その後ずっと無視しているから。  ……まさか私が無視し続けているから今日ここに来たとか……?まさかね……? チラリと柊ちゃんを盗み見れば、バッチリ目が合ってしまった。 その瞳は獲物を狙う捕食者みたいだ。 まるで逃さないとでも言うかのように。 いつもの優しい眼差しとは違う目で見られて心臓が飛び跳ねた。 「……あの、さっそくホールをご案内いたしますね。こちらからどうぞ」 なんだか怖くなった私は柊ちゃんから視線を逸らし、宣伝部の方々に声をかける。 ホールの鍵を開錠して中へ先導した。 照明、スクリーン、備品などの設備を説明しながら宣伝部の方々からの質問にも答える。 このホールでインフルエンサーを招いた特別試飲会を予定しているらしい。 すでに大体の構想は描かれているようで、持ち込み備品の搬入方法や受付やクロークの有無など、具体的な内容の問い合わせが多かった。 自分のことは気にせずと言っていた通り、特に柊ちゃんが口を挟むことはなく、基本的に宣伝部の方々が主体として案内が進む。 別件で参考になりそうだと思って同行したという言葉に嘘はなさそうだ。 確かに柊ちゃんは昔から自分自身で実際に確認したい性分なところがあった。 試供品を自宅に持ち帰って消費者と同じシチュエーションで確認していたなぁと思い出す。 「試飲会は19時開始の予定なんですけど、ホールの最終退出時間って決まってますか?」 うっすら過去を思い出していたら、今回のイベントの主担当だという保科さんから質問を受けた。 保科さんはさっきから熱心にメモを取りながら話を聞いてくれている。 「22時です。夜に催事をされる場合は、21時までには終了してその後片付けというスケジュールの主催者様が多いです」 「参考までに、こういう施設で働かれている方の勤務体系ってどうなってるんです?」 私が答えると、今度はそれまで特に質問もしてこなかった柊ちゃんがここで初めて口を挟む。 経営側の人間として興味があってと言いながら尋ねてきた。
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