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#10. Side柊二 〜5年前〜
……ああ、莉子だ。
株主総会で5年ぶりに莉子を目にした時、そこにいるのが莉子だとすぐに分かった。
けど同時に、一瞬自分の目を疑った。
あまりにも雰囲気が変わっていたからだ。
それは高校生から社会人になったという変化だけではない。
大人びた佇まいに、
凛としていて落ち着いた態度。
姿形は昔の面影があるものの、別人かと思うくらい纏う雰囲気が昔の莉子とは違っていた。
「さっき入り口のところに立っていた女性ってうちの社員?見たことない気がするけど」
莉子の前を通り過ぎ、役員用の控室に向かう廊下を歩きながら、何気なさを装って案内してくれている総務部の森川に問いかける。
彼は一瞬誰のことだろうと考えを巡らせた後に思い当たったようだ。
「あ、今宮さんのことですね」
「今宮さん?」
「はい。社員ではなく、この施設の方です。施設側の担当者で、僕たちが今回初めてこのホールを使わせてもらうんで立ち会ってくださってるんです。色々フォローしてくださるんで助かってるんですよ」
「ふぅん、そうなのか」
今宮という名字、やはり莉子だ。
この5年、片時も忘れたことはない、
俺がずっと忘れられなかった特別な女性。
……まさかこんな形でまた会えるとは。今すぐ株主総会なんかほったらかして、莉子のもとに向かいたい。
5年前、自分から別れを告げた元恋人。
あの時はそれが最善だと思って手を離した。
だが、何度後悔したことだろう。
◇◇◇
5年前の俺は、食品会社のマーケティング部で一社員として働いていた。
本来は大学を卒業したら、7つ年上の兄と同じように、立花家の人間としてリッカビールで働く予定だった。
だが、俺はそれが嫌だった。
社長の息子ということで特別扱いされるのは目に見えている。
もっと自分の実力を試してみたかったし、色眼鏡で見られない環境下で働いてみたかった。
父に交渉した結果、30歳になったらリッカビールに入るという約束でそれまで他の会社で働くことを認めてもらえた。
食品会社を選んだのは、将来役立つと思ったからだ。
食と酒は切っても切り離せない。
それにビジネスモデルが似ているから学ぶことも多いだろうと考えた。
通常の選考を受けて入社した俺は、誰にも自分がリッカビールの創業家の人間だとは言わなかった。
そのおかげで普通の社員として扱われたし、だからこそ食品会社での仕事はやりがいのあるものだった。
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