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もし俺のせいで、莉子の家族や、莉子の将来に迷惑をかけることになったら悔やんでも悔やみきれない。
ただでさえ、俺は莉子に自分の家のことを一言も話していないのだ。
それで巻き込まれるなんて対策のしようがない災害みたいなものではないか。
……別れる、しかないのか……。
莉子のいない日々なんて想像できない。
別れたくなんてない。
一方でそれしか選択肢がないことを頭では分かっている。
なかなか決心がつかず、数日が経過したところで、父から「まだか」と催促の連絡が入った。
それをキッカケに「話がある」と莉子にメールし、すぐに会うことになった。
なんの前触れもなく別れを切り出されて莉子はどうするだろうか。
嫌だとすがる?
泣く?
怒る?
あんなに好きだといつも全身で伝えてくれるのだから、きっと簡単には納得してくれないだろう。
そうなった時、俺は心を鬼にしてちゃんと別れることができるのだろうか。
色々想定して頭を悩ませていたが、実際の莉子の反応はそのどれでもなかった。
「………分かった」
莉子は思いの外、理由も聞かずに淡々と別れを受け入れたのだ。
いつもなら思っていることが顔に出るのに、この日はなんの感情も読めない。
「話は終わりだよね。今までありがとう。バイバイ!」
最後には、エクボを浮かべた笑顔まで見せ、名残惜しさすら感じさせず去って行った。
こんなにアッサリ終わるなんて予想外だった。
別れを切り出したのは自分なのに、俺の方が振られたような気分だ。
莉子にとって俺はその程度の存在だったのだろうか。
そう思うとショックで頭がおかしくなりそうだった。
下手をすれば壊れてしまいそうな気持ちを正気に保たせたのは、皮肉なことにリッカビールでの仕事だ。
莉子と別れた後、食品会社を辞めて一人暮らしの家も引き払い、実家に戻って父との約束通りにリッカビールへ入社した。
もちろん社長の息子だということは周知の事実で、ポジションもいきなり部長だ。
普通の同年代の社員からは考えられない役職だからこそ、見定めるような厳しい目が周囲から向けられた。
実力で納得させるしかなく、寝る間も惜しんで俺は一心不乱に働いた。
忙しいのはちょうど都合が良かった。
働いていないと莉子のことを思い出してしまうからーー。
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